武蔵村山市 日産村山工場跡地利用「まちづくり方針」

 ぁぁ、マイク入ってる? 入ってる? あ、本日は晴天なり。「この一件ですが…狭山丘陵からぁ多摩川に至る自然の系を活かした環境の街の実現…ぁぁ、マイク入ってんのぉ?」 だから、一者増えて五者協議会なんでしょ、わかりましたよ。

今日の新聞各紙社説は…

 当方、なんかたるいせいか、よくわからん。
 朝日の社説を読んで嫌気がした。まぁまいどの朝日の扇動でもあるし、この件については、アメリカの失態ではあろう。どってこともない。そして、真相もわかるまい。
 董建華の話はもう少しパースペクティブを取らないとつまらい。なので、読売も産経もつまらない。

反MSMより

 MKさんに、コメントで教えていただいたものをリンクに直しました。真相はよくわからないけど、経緯は興味深いものがありますね。
ファブリッツィオ・クアトロキ氏の対極
オランダ人記者の見たジュリアナ・ズグレナ
ジュリアナ・ズグレナ続報
イタリア側の失態の可能性

米軍の記者銃撃なぜ 米、臨時検問所 伊は動き連絡せず (朝日新聞) - goo ニュース

 なんだこりゃという感じ。

 一方、伊有力紙レプブリカは11日、イラクで米軍との連絡将校を務める伊軍のマリオリ大将がローマ地検に出した報告書の内容を伝えた。
 それによると、大将は4日、バグダッドに着いた情報機関員2人のため、移動に必要な身分証や銃所持の許可証などを発行するよう、伊国防省情報機関から指示された。大将は「2人が何の任務で来たのか知らなかった」という。
 午後8時ごろに再び情報機関から連絡があり、「2人は別の人物と空港へ向かっている。この人物は旅券などを持っていない」と伝えられ、空港入り口の検問所を通過する臨時許可証を手配するよう指示された。大将は「軍から軍への連絡事項であり、米情報機関へ伝える理由はなかった」としている。
 報告書の内容から、情報機関員の活動や記者の解放などを米国側は把握していなかったとみられる。空港への移動情報も米軍内の一部にとどまり、銃撃した米兵らが知らなかった可能性が高い。

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 なんだこれ?
 ところで、以前から気になるのだが、

・外国語の記事を翻訳する

 って、ありなのか? つまり、翻訳権の問題。売らなければOKなのか? 自動翻訳なんかもあるしな。私の常識でいうと、なし、だと思うのだけどね(引用とかじゃなくてね)。

「ぼくたちはいつも女の子のことばかり考えている−大人しい女の子にモテるには?」 ニュースな本棚|Excite エキサイト : ブックス

真剣なまなざしで接していれば、ちょっとドジってもだいじょうぶ!
たまに拗ねたり、怒ったフリをしてケロッと立ち直る回復力の早さを見せるのも、オトナの女心をくすぐるでしょう。
男の子も、何か知らないけど、かわいこぶったドジっ娘とか好きでしょー!?(ぷんぷん)。

 そーゆー話じゃねー。
 じゃ、どういう話なんだと言われると、言葉に窮するが。
 ちなみに、私は、この話をリアルタイムで読み、かなり影響を受けたくちだが、それでも、音無響子のファンではなかった。彼女は、髪が重いのである。そして、グラマーすぎるのである。つまり、濃いのである。濃い女は…苦手…でもないのだが。
 めぞん一刻で、いまでも、心にひっかかるもうひとつは、こずえちゃんである。あのケロっである。青春はあんなふうに終わるものなのだ。

あびる優ってほんと中山貴美子に似ているよな

 ってあたりまえだが。
 あの手の女も苦手だ。
 というか、苦手じゃない女がいたのか?と言われると、うひょ〜だが。
 谷崎潤一郎が、たしか、女なんて見るもんじゃないから…みたいなエロをほざいていたが、あのあたり、なかなか、吟醸酒清酒の違いのように難しいのである。酒飲みは、吟醸なんか飲まないのである。
 東北の女というのと、大阪の女というのも苦手だった。なんか、もう、それって、終わりって感じしませんか。違うか。
 京都の女というのは…ああ。変なことを思い出してしまった。頭痛。
 現代ではそういういわゆるお国柄の女というのは、さしてどってことのない時代なのだろう。
 話は全然違うが、ホリエモンって、田舎モンだよねと思うけど、そういう話題を見かけませんね。
 っていうか、ネットとか見ていて、なんというか、田舎モン多いなぁと思う。っていうか、文章に江戸が薫るのが少ないというべきか。どこがと言われると困るのだけどね。いや、そんな話題は危険かもだけど。

ふとデヌートという女性写真家を思い出すのだが…

 ネットに情報がない。英語のスペルはなんだろう?
 1970年代末か80年代ころ、Playboyとかにたまに出ていたと思う。つまり、ヌードを撮るわけなのだが、それがなんか絶妙に違うのだな。女の視線というのだろうか。なんとも気になるのだが…。
 デビット・ハミルトンもちと変なものだった。彼の、ビリティスの歌だったか、意外と、少女の匂いのようなもをとらえている人だなと思った。造形というのではなく。
 そういえば、紀信の激写とかいうのが昔あったが、あれが、変なしろものだった。今でも紀信のは変だなとは思う。なんというか、裸身がぷよっとしているのだ。あれはなんなのだろう。

男というのは別れた女が思いを残してくれるとどこかで思っているものだが……

 そんな、ことは、ない。
 あったとしても、それは、まるで、別のなにか。アデルの恋の物語のごとく。
 しかし…、なにか、奇妙になにか心にひっかかるような気がするのはなぜなのだろう。
 若いころの失恋というのは、渦中にあると、失恋と思っているものだが、たいていは、一種の自然淘汰のようなもので、その先なんてものはないのである、ってか、あると、ろくでもないものがあるだけなのである。
 数年前だが、なぜ恋愛は4年半で終わるのかみたいな本があったが、そーゆーもんでもない。
 話がずっこけるのだが、雅子さんの病状はかなり悪いのではないか。というか、そういうかみさんを持った男とはなにか? 男がいくら愛していても、そりゃ、だめだよぉというのがQ.E.D.みたいな関係っていうのはなんなのだろう。よくわからないのだが、こーゆーなんか関係性のなかにキリスト教の原罪のようなものがあるようには思う。

先日柳澤桂子の話を聞きながら…

 いろいろ考えた。彼女がもう機械を外せば死ぬというとき、旦那もそれに同意したあたりの修羅場というか、一種の漆黒の地獄図みたいなものだ。ああいう時、男はなにを思うのだろう。
 以前、彼女の本で、旦那が「僕の人生は君のために幸福ではなかったよ」みたいな言葉があって、なんというか、ショックというのか、なんかすごい言葉を聞いてしまったなと思った。もちろん、それは愛の反対にあるものでもない。間違った男女の人生というものでもない。なんか、もうもう牛もうもうみたいなすごい世界だ。そして、先日聞いたその話。
 人生とか愛とかなんなのだろうね。世界の中心で愛を叫んでいるなんて甘ちょろいこっちゃとも思うが、ま、誰しも自己の人生の幻想性というのはそんなものか。

神谷美恵子全集配本最後のしおりに…

 だんなが奇妙なエッセイを書いていた。美恵子には、文章からは、見えないものがある、と。
 なんじゃ、それ、というのと、なんか、わかったような奇妙な感じがした。
 たしか、だんなさんは牧師だったか? 違ったかな。生物学者だったか。いずせによ、彼には、美恵子さんのあるなにかを看取してそしてそれと共に生きてきたのだろう。
 それはなんだったのだろうか。鬱とか狂気とか、そして、性に関連するなにかだろう。もちろん、それがなんだかわからない。ただ、その夫婦関係のなかには奇妙な陰翳のようなものがあったのだろう。
 それが美智子さんにも関わっていたのだろうな。
 こういう40歳過ぎた、ある種の男女の関係性のなかにわきおこる、なんとも言えない奇妙なものは、なんなのだろう?

神谷美恵子

 聖なる人の中で、神谷美恵子は少し特異な位置にあります。なぜなら幸せな家庭生活を営むことのできた人だからです。彼ら不思議な人々は多くの場合、独身であったり、家族を捨てたり、あるいは家族と不和であることが多いものです。しかし、美恵子は幾度もの死の危機に見舞われながらも、研究、教育、文筆活動に携わり、家族のパジャマを手作りする幸せをも感じる人でした。

 これは誰の言葉? だんな?
 もちろん、そうじゃないとは言えない(言える立場にはない)。
 ただ、ちょっと違うなという感じはする。