日経社説 はしかの流行を防ぐには : NIKKEI NET:社説・春秋 ニュース
この問題よくわからないのだが、というかなにか錯誤があるような気がしている。
接種をしたことがあっても免疫が十分につかない人もいて、流行に拍車をかけているようだ。
それが根にある。
で、なぜそうかというと、日本社会がはしかの抗体ができないほど滅菌されているからではないのか。
なんとなく花粉症なんかと同じ構造があるのでは。
とか言っても
増田⇒ウェブ2.0時代のウェブブラウザに求めるもの
とか言っても
スゲーです⇒IBM dW : XML : HTMLの将来、パート2:XHTML 2.0 - Japan
そういえば先日某氏(米人)にXformについてサポートしねーのと聞いたら、なんだそれ的ばーかばーか視線を受けてしまった。でもさとかさらに聞くと、XLTで勝手にやってくれとのこと。なんだかなぁ。
そういえば、.NETもXformサポートしてなかったのでは。
まったくみなさん何やってんでしょうね、W3C無視、まあ、そうかも。
先日の夢
先日の夢。自分が主人公だったのかよく覚えてない。たぶん、そうだろう。感情の揺れはあった。そして今となってはストーリーもよく覚えてないのだが、というか、どっちかというと不愉快な夢だった。
主人公の私は、たぶん、二十代前半。女の子と別れるというシーンだったかと思う。たしか、私は地面にくずれ落ちて泣いていた。(ただ、崩れ落ちる青年を上から見ている感じでもあったが。)
女の子と別れる理由は彼女の母親が私との付き合いをゆるさいということだった。そんなことに従うのか君はぁぁみたいなシーンもあっただろうか。
目覚めてから、なんなんでしょ、この夢はみたいに思った。
無意識をざらっとサーチすると、50歳で家族に捨てられたという某氏のことが心にひっかかっているので、そんなところからだろうか。
で。
昨晩、そう寝付かれないわけでもなかったのだか、いつもどおり、薄暗い部屋でじっと本を読んでいたとき、ふと、むかーしあの女と別れた理由はもしかしたら彼女の母親のせいではなかったかという仮説が心に登った。その仮説でいくつかの記憶を辿ると、そういう仮説が通らないわけでもないように思えた。彼女はもしかしてつらかったのか? そんなことを想像もしたことがなかったので、少し動揺した。
もちろん、今の私というか、半分死にかけているような私にとって、もう、徹底的にどうでもいい過去には違いない。
ただ、無意識をざらっとサーチしていくと、いくら彼女がつらかったとしても、それはその人の選択だろう、私の知ったことか、という、なにやら怒りのような感情が若干ある。
私は私を捨てていった人たちのことを許さないとは思わないで生きてきた。人の勝手だろう、好きにするのがいいさと思っていた。別れていく女にすがったこともなければ、およそ暴力を振るったこともない。
が、そういう私というのは、たぶん、徹底的に人間味というか、優しさに欠けた人間だっただろう。そして、今でもそうなのだろう。
が、ここでいくら思い描いても、人生は過ぎていった。そしてたぶん私は消えるように死んでいく。なんの意味もない。
中年男の痴漢がまるでわからん
同じく中年男ながら、まったく理解できない。
DVというのも、まったく理解でない。いや、まったくとまでは言えないか。でも、人に暴力的であることに、私は恥辱感を覚える。
ロリやペドも理解できない。
同性愛については、かなり嫌悪があるので、なにか無意識の由来はあるのだろうし、この嫌悪は文化的に組織化されているので、私のパーソナルな無意識史には関係ないだろう。
で、中年男の痴漢だが。
先日、植草氏の裁判みたいなニュースを見かけた。ひどいものだった。彼に対するセカンドレイプとも言えるのではないかとも思ったが、まあ、世の中、痴漢疑惑のある中年男に人権も尊厳もないということになっているのだろう。というか、そういうふうな類型にされて唾棄されるようなものだな、中年男はとも思う。
で、そのニュースとかには、彼の性癖というかセクシャル・ファンタジーみたいなものの断片はあり、それはそれで面白いのだが、同じく中年男ながら、まったく共感できなかった。私は、ちょっと人格パラメーターみたいのを無意識的に操作することで、かなり異常な人でも理解できる的な能力がちょっこっとあり(それが危険だが)、ちらとそのコンフィグを見渡したが、だめだった。
ある意味で、痴漢というのは、他者への侵犯であろうし、その確信への高揚のようなものではないのか。全然違っているかもだが。
私は他者に侵犯しようとはまるで思わないというか、私にとって他者とはそれが異性であっても、20センチくらいしか離れてなくても、地球とM78星雲くらい離れて感じられる。 結果的には、私という人間は、性犯罪を犯す可能性はかなりなく、またその手のごちゃごちゃを起こす可能性もない。ただ、私のある種の凶暴性みたいなものはその分野ではないのだろう。
というか、私の無意識のなかに、武士の気概みたいなものはあるな。家系的なものかもしれないが、無意識の補償みたいなものか、あるいは別種の無意識の防衛なのか。
そういえば。
むかーし、あるからおけ飲み屋に連れて行かれて、隣に若い女が座って(そういうところだ)、あんた悲しそうねと言った。るっせぃばーかと反射的に思ったが、なにか、その女の言葉に奇妙な真実性というか湿ったような感触があり、それが触れてはいけない嫌悪のように思えた。そういえば、同じような経験で、今度は向かいに女が座って(そういうところだ)適当に話して、そして時間だというので切り上げたとき、女が私の両手をぎゅっと掴んだ。一瞬呆然として、振り払うということもなかったが、泣きたいような気持ちがあった。いやだ、そういう中に埋没したくはないんだという思いがあった。
私は何を嫌悪していたのだろう。何に戦っていたのだろう。ただ、今の私がその結論だとすれば、まあありがちに無ということになる。なんにもない。諸行無常。
酒が飲めなくなってからか
まあ、多少は飲めるようになったが。
それでも、飲み屋とかは行かなくなった。緊張して、いやだ。
人とも飲まない。緊張してやだし、たいてい、旨くない。
ひどいもんだな俺と思うが、不幸にしてか幸いにしてか、中年の飲んだくれ男にはなれなかった。蘊蓄もまるでない。趣味もない。いや、この日記とかにたれているのは蘊蓄とか趣味とかではないのか? そうでもないだろ。finalvent女説があるみたいだし(あるのか?)。
これが高じてきている。
飲んでいる人を見るものいやだ。酔漢は論外。タバコ吸っている光景もいやだ。まいったなと思う。
エレベーターに乗るとき、そこに汚れた感じ(酒とか煙草や香水をつけた人々は私には汚れている)の人がいた気配があると、気分が悪くなる。
河口慧海が晩年、肉食や魚食の人間が近くにいるだけでも不快だったというのも、なんとなくわかる。かつて私もピュアなヴェジタリアンをしているとき、そういう人の臭いがたまらなかった。ただ、なんというか、今のほうが不快感というか嫌悪感がきついのかもしれない。
河口慧海か。このくらい、生涯童貞、ガチな人もいないな。
米アレルギーではないんだが
はてぶ経由で米アレルギーの話とか読んでいて、ちと思った。
私はなんとなく米を食わないとなんとなく食わないままになってしまうことがある。というかそういうのが数ヶ月続くことがある。っていうか、米食うの今でも一日一食くらいか。米が嫌いなわけでもないんだが。というか、ライスプディングとか、砂糖粥みたいのにしたりもするのだが(バナナを入れる)、なんか。ああ、ビーフンとか好き。
それでいて、米(飯)の味にうるさい。っていうか、不味い米が食えない。なんてやつだと自分を思うのだが、こういうのは頭でどう思ってもどうにもならない。
酒もそうだが、なんでもある水準の旨さみたいのがクリアされないと、ま、どうでもいいやとか思ってしまう。
私なんかも飢えを知らない戦後世代というのもあるだろうが。が、というのは、放っておくとまるで食わないことがある。腹減ったという感覚がゼロではないが、あまりない。20代までは食欲っていうのも無かったし(というか一種の離人症みたいなものかも)。朝、母親が出す朝食というのが日々の拷問だった。
もったいから食うという感覚もないわけではないが、最近は、なんか食い残しが多くなった。まずいともう食えないになってしまう。おいしいの反対は食べたくない♪
話が巡回しつつあるのでおしまい。
なんか変なリストだなと思ったら
⇒日本語と英語でよく使う約物の種類と名称 | コリス
変なリストだなと思ったら、日本語のほうはJIS、英語のほうはWikipediaをべたに持ってきたわけか。のわりに、JISで#は「#げた」だったか? Interrobangはまあそうなんだけど……。
それ読んでないんだけど、なんというか、ちとナイーブなご意見では
⇒404 Blog Not Found:書評 - 新しい薬をどう創るか
βブロッカーのおかげで胃潰瘍で医切除というケースは「ありえない」ほどになった。一つの薬は、外科の適用まで変えてしまうこともあるのだ。
βブロッカー?
追記 訂正されました。
「何万人もの医師に匹敵」するのは、臨床における効用だけではない。売上げもそうである。薬の売上げベスト1のアトルバスタチンの売上げは、年間1兆円。なんと薬一つでGoogle一つなのである。