読売社説 医師の看板 「総合科」で開業医はどう変わる

 ちょっと背景がわかんないのだけど、話はたぶん逆で、実のところ日本には専門医を育てる仕組みが純アカデミック的というか業界団体的にできてない。利害とかとかのご事情で看板が決まる。そしてベースが総合化にすでになっている。

朝日社説 中東外交―サウジとの新しい関係を

 一読、溜息が出るなぁ。スルーしてもいいのだが。
 サウジ王朝の問題はブッシュ王朝の問題に関連してその関係で間接的に日本が取り込まれる。サウジはスンニの盟主でもあるので、イラクのスンニをほっとけとできない。そのあたりの王朝間のご事情というものがある。そのため、ちょっとサウジは無理な活躍の手を打ち出しているっぽい。こういう世界は日本はほっとけ。でも、オイルマネーがうひひなんだろな。朝日はオイルマネーについて言及してねーな。

 日本が石油資源の3割を依存する中東の有力国サウジと新しい関係を築くことは、その試金石になる。

 これがいつも出てくるのだけど、それは市場の結果であって、サウジが独走すればサウジ以外で調達は原理的に可能。まあ、とはいえ、サウジ王朝が実質石油市場の暴走を抑えてきたのでそこは評価してあげないといけない。
 なにより、朝日新聞はちゃんとサウジ製造のテロリストを伝えてないっぽい。

 サウジは今年から毎年100人以上の国費留学生を日本に送ることを決めた。今春、最初の130人が来日した。こうしたつながりを大事に育て、サウジの発展に日本も貢献していきたい。

 そんなことをよいしょしてないで、リベラルだと朝日が自身を思うなら、サウジ女性留学寄金をやってごらん。これは皮肉ではない。5人くらいでもやってごらん。本当のサウジの問題が見えてくるはず。(ちなみに、サウジの女性問題は異様に複雑。インタビューとかべたにしても抑圧なんか出てこない。カネがたんと使える女性たちが見えるだけ。)
 あと。

日本は欧米とは異なる文化的背景を持つ。その立場から、イスラムの価値や伝統を尊重しつつ、より開かれた社会を実現する手助けをすべきだ。

 世界最大のイスラム国家はインドネシアでこの対応のほうがと思うけどね。

朝日社説 御手洗経団連―三兎追うのは無理がある

 なんだろこれ? べたにわけのわかんない社説を読んでポカーンな感じ。なんか裏でもあるのだろうか。私の感覚では朝日はお上の悪認定以外、個別企業が関わるタッチーな部分をネタにすることはなかったように思うのだが(広告の関係か)。

 従来の財界企業とは違って、キヤノンは政府の政策のお世話にならず、独力で国際企業へ成長した。誇っていい。
 それを生かして、少子高齢化のもとで成長力を保つ方策を考え、それを妨げる政府規制に切り込む。規制に頼る業界に嫌われても、技術革新と競争により成長を求める道が似合っていると思えるが。

 キヤノンの経営と少子高齢化の対策とはまるで関係ないというか、どういう理解を背景にしているとこういう文脈ができるのか?

今日も猫蛙、オヤジポイント、ゲット!

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僕はナンノのファンでしたので早く幸せになってほしいです。

 余談。
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あとギガジンと100式の元ネタパックもほしいよね。変な意味じゃないよ!

 最近、いらね、とか思う。そのタスクをやってもらってええんでないの、みたいな。

意外なところに人間の適性というのがあって

 増田⇒http://anond.hatelabo.jp/20070523040509

料理が出来ない女なんてクズだ
料理が出来ない男もクズだ

 そんなふうに思う見方もわからないではないが、このあたり、意外なところに人間の適性というのがあって駄目なものはダメ。
 掃除とかも。
 人間関係とかも。
 たぶん、おセックスとかも。
 社会とのインタフェースのない個人的、または対性的な領域において、適性のない、能力のないという人が意外に多い。逆にいうと、個人的な領域では自己嫌悪くらいだけど、対性的な領域にこういうのがぼろっと出てくる。
 じゃ、対性的な領域そのものに適性がないのかというとそうでもない。
 話が飛ぶが、妾とかはそういうバランスシステムだったのかもしれないし、現代では逆に女性が以下略。

これね、あの、専農力、じゃないや

 ⇒わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 悪用厳禁「洗脳力」は自己限定で
 いちおう読みました。なるほどなとも思った。まあ、読んで悪い本ではないと思う。というかいわゆる自己啓発本は兵卒用みたいなのは、そうかも。
 けっこうちらちらとすごい話もあるにはある。スゴ本サイトのかたは触れてないけみたいだけど、そういうチマっとしたテクじゃなくて、高度な抽象化という点がポイントなんだけど。
 さて、この本、それ以上に言及すべきか、ちと迷う。結局、トマベッチ先生の本は全部読んでますね、私。

cover
夢をかなえる洗脳力: 苫米地 英人

まあ、ちょっと

 のっけからまた変なことを言うと、いわゆる仏教というのは、アフガニスタンあたりでできたゾロアスター教かなんかの変種だろうと思いますよ。でも、そんなことを書くとうじゃっと批判されるけど、っていうか、そんな批判はお見通しでトンデモな考えを持つに至ったのだけど。
 というか、なぜか仏教とかにうるさいみなさん、仏陀が実在だと思っているし、実在にしたにせよその仏陀の悟りとか覚醒みたいのが仏教の本質に継承されているみたいに思っているし、そしてそのために、原始仏教みたいな理論仮説を作ったり、教義を再構築してみたり。でも、それは近代の知によって可能となった、宗教学の仮説であって、そうしてできた教義はただの新興宗教なのに。というか、根本仏教だの近代擬古でできたのはそんなもの。で、そのかなりが実は神智学からできていたりする。まあ、勝手にしろというか、そこまでして「真の仏教が欲しいですか、そうですか」の領域なのだが(つうか、仏教なんかどうでもよろし、仏道あるのみ)。
 で、それはさておき。
 アフガンあたりで発生した本当の仏教の特徴に、捨身というのがある。あれがなんだろねと思っていた。今でも思っているが、最近、ふと、ブログというか日記との関わりで、思うことがあって。
 というか、最近泳ぎながら、ああ、自分は魚だ、鳥だ、みたいな感覚が身体に、蘇るみたいに覚醒されると、その原初的な知覚が何かを志向しているぽくも思える。
 で、ブログとか日記とかで、自分は無だ、無意味だと語るわけだけど、それって一種の普通のプロセスというか、捨身のプロセスのようなものかもしれない、というかそれと、自分は魚だ、鳥だ、みたいな感覚と奇妙に通底しているっぽい。

ごく普通にご参考までに、仏教起源関連

 ⇒大乗仏教 - Wikipedia

近代に入ると文献学的研究が進み、仏教思想は段階的に発展したもので、そもそも上座部をもふくむ仏教の経典全体が数世紀という長時間をかけて徐々に成立してきたものであって、まして比較的成立の新しい大乗経典は、その中に釈迦が直接説いた教えはほとんど見られないばかりか、まるで釈迦の意図しなかった教えであるとする大乗非仏説説も唱えられた。

 ⇒Mahayana - Wikipedia, the free encyclopedia

Mahayana's exact origin is unknown, however, a number of common elements and background are suggested by various scholars and theologians.

 ⇒大乗非仏説 - Wikipedia

大乗仏教思想に対しては、発生当初より上座部の立場より非難されていたが、近世以降の「大乗非仏説」説では、文献学的考証を土台とし、仏教が時代とともにさまざまな思想との格闘と交流を経て思索を深化し、発展してきたことを、「実際存在する/伝わった経典を証拠に、事実として示す」のが特徴である。

 ⇒History of Buddhism - Wikipedia, the free encyclopedia

The Kushans were supportive of Buddhism, and a fourth Buddhist council was convened by the Kushan emperor Kanishka, around 100 CE at Jalandhar or in Kashmir, and is usually associated with the formal rise of Mahayana Buddhism and its secession from Theravada Buddhism. Theravada Buddhism does not recognize the authenticity of this council, and it is sometimes called the "council of heretical monks".

 ⇒観音菩薩 - Wikipedia

その起源については、ゾロアスター教アフラ・マズダーの娘、アナーヒターやインド神話ラクシュミーとの関連が指摘されている。

 ⇒大日如来 - Wikipedia

大日如来(摩訶毘盧遮那仏、マハー・ヴァイローチャナ)の成立の起源は、アーリア人最高神「アスラ=アフラ」、ゾロアスター教の善の最高神アフラ・マズダーと考える説がある。

 ⇒阿弥陀如来 - Wikipedia

大乗仏教で登場した仏尊であり、その起源はゾロアスター教に遡り、光明の最高神アフラ・マズダーが無量光如来、無限時間の神ズルワーン無量寿如来として仏教化されたとする学説もある。また西方極楽浄土は、ゾロアスター教の起源であるペルシャ地方、もしくは肥沃で繁栄した古代バビロニア地方が背景になっていると考える少数派の意見もある。

 ⇒阿修羅 - Wikipedia

宗教学的にも、ヴェーダ文献においてアスラの長であるとされたヴァルナとミトラは諸側面においてゾロアスター教アフラ・マズダーとミスラに対応し、インド・ヨーロッパ比較神話学的な観点では第一機能(司法的・宗教的主権)に対応すると考えられている。

ただし、阿修羅の起源は古代メソポタミア文明のシュメール、アッシリア、ペルシア文明とする説がある。シュメールやアッカドパンテオンに祀られていた神アンシャル。アッシリア最高神アッシュル。ペルシアのゾロアスター教最高神アフラ・マズダー。それらの神がインドに伝来してアスラとなり、中国で阿修羅の音訳を当てた。阿素羅、阿蘇羅、阿須羅、阿素洛、阿須倫、阿須輪などとも音写する。
 
シュメール、アッシリアの古代史と仏教の阿修羅にまつわる伝承との類似性も高く、信憑性のある事実として指摘される。

 ⇒「 ブッダの謎―仏教西アジア起源論: 本: 佐藤 任」
 ⇒「 仏教メソポタミア起源説: 本: R. パール,Ranajit Pal,佐藤 任」
 ⇒極東ブログ: [書評]砂漠と幻想の国 アフガニスタンの仏教(金岡秀友・菅沼晃・金岡都)
 ちょっと話がそれるが。
 ⇒カルムイク共和国 - Wikipedia
カルムイク共和国の地図
 ⇒Kalmykia - Wikipedia, the free encyclopedia
カルムイクの国旗
 カルムイクの仏教は現在はチベット仏教だが、これはモンゴルがもたらしたものと、とりあえず考えるべきだろう。が、カルムイク人はモンゴルのように改宗したのか、起源はよくわかってないのでは(まあ古代起源はないだろうな)。
 ⇒Kalmyks
 ちなみに。
 ⇒ウラジーミル・レーニン - Wikipedia

レーニンはヴォルガ河畔のシンビルスク(現ウリヤノフスク)で、ロシア人の父イリヤ・ニコラエヴィチ・ウリヤノフ(1831年 - 1886年)とドイツ=スウェーデンユダヤ人の母マリア・アレクサンドロヴナ・ブランク(1835年 - 1916年)の間に生まれる。母方の祖母は生粋のモンゴル系カルムイク人オイラト)で、同じく祖父はユダヤ教からロシア正教に改宗していた。

 レーニンの母方の祖母がカルムイク人だったということは仏教徒であった可能性が高い。

関連の余談

 最近はあまり聞かれなくなったが、チベット仏教の原型に関連して。
 ⇒ボン教 - Wikipedia
 英語版は詳しい⇒Bon - Wikipedia, the free encyclopedia
 チベット仏教の歴史はモンゴルに関係し、モンゴルの歴史は、まずケレイトのオン・ハンの奇妙な問題が関係している。
 ⇒オン・ハン - Wikipedia

オン・ハン(Ong Khan, Ong Qan, ? - 1203年)は、モンゴル高原中央部の遊牧民集団ケレイト部最後のハン。本名はトグリル(Toγril)あるいはトオリル(To'oril)。称号は王。漢語資料の表記では王汗、ペルシア語資料の表記では اونك خان Ūnk Khān と綴られる。

この時、イェスゲイの死後、その遺児テムジン(のちのチンギス・ハーン)がキヤト氏族内部で勢力を持つようになっていた時期で、テムジンは逃亡中のトオリルに援助を申し出て、あわせて義父子の関係を結び、エルケ・カラ討伐に協力してトオリルの復位を手助けした。

オン・ハンはハンガイ山脈を越えて同盟するナイマンのタヤン・ハンを頼ろうとしたが、国境でナイマンの守備隊によって殺害された。西夏に逃げたイルカ・セングンも青海でチベット人に襲われて命を落とし、モンゴル帝国以前の高原最大の勢力であったケレイトは滅亡した。
 
15世紀以降、オイラト部族連合の一翼として活躍したトルグート部の首長はオン・ハンの後裔を称している。

 ⇒ケレイト - Wikipedia

発祥は定かではないが10世紀に契丹の遼が南に興るとこれに服属した。遼の下で東西交易に参加していたために西方からネストリウス派キリスト教が伝わり、1007年に部族をあげてネストリウス派に改宗したとされる。

11世紀から12世紀のケレイト王国の情報はネストリウス派キリスト教徒のネットワークを通じて西アジアにも伝わっていたことが明らかにされている。ここから、この頃ヨーロッパで流布されたキリスト教国家プレスター・ジョンの王国のモデルの一つであったと考えられている。

 ⇒クビライ - Wikipedia

クビライは、1215年にチンギス・ハーンの四男トルイの子として生まれた。母はケレイト部族出身のトルイの正夫人ソルカクタニ・ベキで、トルイがソルカクタニとの間に設けた4人の嫡子のうちの次男にあたり、兄に第4代ハーンとなったモンケ、弟にイルハン朝を開いたフレグ、クビライとハーン位を争ったアリクブケがいる。

 ソルカクタニ・ベキ、つまり、クビライの母はクリスチャン。
 モンゴル帝国の基礎にはけっこうキリスト教が浸透していた。交易システムの関係がもっとも強いのではないかと思うが。
 ⇒1240年〜1350年 モンゴル帝国皇帝との関係

1240年、チンギス・ハーンの孫にあたるゴダン・ハーンは、チベットに遠征隊を派遣し、チベットの指導的高僧サキャ・パンディタ・クンガ・ギェルツェン(1182〜1251)をみずからの幕舎に招いた。チベット・モンゴル間の関係が、これによって開かれることになった。同時にこれが、「寺と壇家の関係」(チュ・ユン)の始まりとなる。
 
世祖フビライ・ハーンは、ゴダン・ハーンの路線を受け継いでチベット仏教を受け入れ、サキャ・パンディタの甥ヂョゴン・チョゲ・パスパ(パクパともいう)を養育し、これを導師として仰いだ。このチュ・ユンの関係をもとに、フビライ・ハーンは仏教を国教となし、パスパは仏教界の最高権威となる。1254年、フビライ・ハーンは謝意にかえてパスパにいくつかの称号を授与し、チベット全土に及ぶ政治権威を与えた。

 母がクリスチャンだったクビライが仏教を国教化したのだが……これがモンゴルとチベット仏教の関係の基礎であはるが……。
 ⇒クビライ - Wikipedia

また、クビライはチベット仏教の僧パクパ(パスパ)を国師として仏教を管理させ、モンゴル語を表記する文字としてチベット文字をもとにパスパ文字を制定させるなど、モンゴル独自の文化政策を進めた。中国王朝の伝統的なイデオロギーである儒教は特別に重視はされず、科挙の復活もクビライのもとでは行われなかった。

 仏教を国教化というより管理した。
 ついでに。
 このパスパだが。
 ⇒パスパ文字 - Wikipedia

ガリ・レッドヤードなどによるハングルの元になったとの学説が存在する。

 とやや控えめだが。
 ⇒Phagspa script - Wikipedia, the free encyclopedia

Scholars such as Gari Ledyard believe that in the meantime it was one of the sources for the Korean Hangul alphabet.

 これは図で見ると、それ以外ちと考えづらい。
 ⇒Image:Phagspa-Hangul comparison.png - Wikipedia, the free encyclopedia
Comparison between characters of the Phagspa script and the Korean Hangul script
 ⇒Gari Ledyard - Wikipedia, the free encyclopedia
 まあ、ハングルは、モンゴルの依頼でチベット僧が作ったもの、というは、納得しやすいのだけど、これをいうといろいろまたあるのでしょう。