美宅成樹 「生物とは何か? ―ゲノムが語る生物の進化・多様性・病気」、読んだ。

cover
生物とは何か? ―ゲノムが語る生物の進化・多様性・病気―
 べたに紹介を引用するとこう。ある意味、よくまとまっているので。

 「生物とは何か?」というタイトルは,「生命とは何か?」という疑問に対して,さらに一段階ステップアップした疑問として設定した。「生命」と言うとき,すべての生物に共通的な分子的メカニズムを想定している。具体的には,セントラルドグマを中心とした生物共通の一連の反応をイメージしている。
 これに対して,「生物」は進化の結果,非常に大きな多様性を獲得してきた。最近は生物多様性の保存ということがよく言われるようになったが,どのようにして自然に生物多様性が生まれたかは,まだきちんと科学的に答えられていない。また,ヒトの遺伝子の多様性によって個性や病気のリスクが生まれることはわかっているが,これも科学的に説明がついていない。
 これらの問題に答えるには,「生命」という共通の分子的メカニズムの上に,ランダムな配列の変異の集積によって,生物という物体が設計できるようになったメカニズムを重ねて考えなければならない。
 著者は,この問題についての考察と研究のプロセスで,現在の生物科学の常識が実は偏見であったり,見方を変えると不可能と思われたことが可能であったりすることに気付いた。
 柔らかい物質のユニットは大きい(分子量が大きい)とか,ランダム過程もそれに的を設定すれば秩序が生まれるとか,よく考えてみると当たり前のことばかりである。
 それほど難しい問題ではない。本書では,一段階ステップアップした生物の理解を,一般の人に紹介するためにまとめた。ついでに言うと,専門家にも,常識を少し変えていただくきっかけになればと願っている。

 まず、生物進化の根幹がまだよくわかっていないのだ、ということが明確に述べられている。別の言い方をすると、科学的な説明は実はついていない、ということ。
 ポイントは、「ランダム過程もそれに的を設定すれば秩序が生まれる」ということで、これがこの本の中心テーマでもあり、具体的にたんぱく質の動作において、的をもつランダム過程が議論される。本書には詳細に言及されていないが、数学的なモデルとして提唱されている。
 ここからこの概要と本文の違いで、「的をもつランダム過程」というのは当然、「ランダム過程」ではない。このことを著者は、イカサマのサイコロとしている。ある条件下では、ランダムが秩序を生み出すということだが、それはなにか。
 著者は、これを自然選択によるフィードバックに加えた、フィードフォワード機構の存在としてとらえている。
 このあたりから難問になるのだが、ようするに、生命のプロセスはランダムではなく、フィードフォワード機構が含まれている。
 どのようにそんな機構が存在するかだが、一定の秩序には均衡を保持する傾向があるとしている。これが「的をもつ」の意味である。
 ただ、本書はそこまで。それがどのように複雑な仕組みになるのかについては言及されていないし、意地悪な見方をすると、以上の機構はデザイン性の下位システムと見えないこともない。
 興味深かったのは、そういう形而上的な話題よりも、中立説についての解釈だった。中立進化説は、突然変異が自然淘汰に対して有利でも不利でもない、ということだが。一見すると当たりまえのようだが、中立説を数学的なモデルでみると、不利がないというのが特徴的になる。この点について本書はけっこうインサイトを与えてくれる。いわく不利なランダム性が、的を持つランダム性の均衡によって抑制されているのである。別の言い方をすると、中立であることは、ランダム性の均衡の結果なのである。
 まあ、私の誤解もあるかもしれないが概ね、そういうことなのだろうとは思う。というか、このあたり、いわゆる進化論が通常のランダム過程のみとしているの、既存の生命秩序からdeductしていると、ちょっと思弁的には曖昧な領域。
 均衡はモデル化できても、やはり組織化はできないし、均衡がなぜ生じたかから組織化の連携は、やはりわからない。
 あと、著者は35歳で脳梗塞失語症になったと書いているが、意識と知能はしっかりしているので楽観視していたとある。このあたりなど含めて、理系の先生にありがちな野放図な雑談が面白い。共立の本ってそんな感じのが多い印象。1949年生まれ。64歳。村上春樹と同じ。
 一般的にはこれで有名。

cover
分子生物学入門 (岩波新書)
 理論面はこちら。
cover
ゲノム系計算科学 ―バイオインフォマティクスを越え, ゲノムの実像に迫るアプローチ― (計算科学講座 7)