ああ、これは労作

 ⇒「暴力装置」の起源と系譜 - 名無しさんの弁明
 おつかれ様でした。
 異論はないですよ。実は、ヴェーバーは「暴力の独占」は述べたけど、「暴力装置」という用語はこの文脈では使っていなかった。だから、「暴力装置」は厳密にはヴェーバーに由来する用語ではないです。
 ただ、社会学の慣例としてヴェーバーの「暴力の独占」が「暴力装置」と理解されてきたので、では、そういうことで整合的に説明しましょうかということでした。
 そして整合的に説明するとたぶん私の解になると思う。少なからぬ人が罵声を投げかけてきたけど、理詰めで考えてごらん、そうなるから。
 とはいえ。
 「暴力の独占」を前提に「暴力装置」をきちんと理解すると、暴力装置とは国家である、ただそれだけ、という帰結しかない、ということ。
 ただどこかに、ヴェーバーの「暴力の独占」と、流布されている「暴力装置」を繋ぐリンクがあるはずで、調べていたけど、よくわからなかった。
 ⇒Twitter / finalvent: Twitterで「暴力装置」がマックス・ヴェーバーに ...
 率直に言うと、神山茂夫かなという印象は薄い。おそらくレーニンの文脈で神山より古いのではないかという印象はある。
 それでも、この考察はおそらく正しいだろう。

いずれにせよ、初期において神山茂夫が「暴力装置」という言葉を軍隊に当てはめ、その概念を広めるのに一役買ったという点は間違いないように思われる。それ以降、全共闘世代や、政治学者の間で軍隊=暴力装置論、またあるいは国家=暴力装置論とされて広まり、さらにはヴェーバーの国家による「暴力装置」の独占論として広まったものと思われる。たとえば戦後を代表する政治学者の福田歓一はその著作のなかで「暴力装置」という言葉を使用しているが、

 ちょっと悪口いうと、この世代の人きちんとヴェーバー読んでないんですよね。そんなありがちの誤解なんではないかと思う。
 そして、そういう誤解の上に、「自衛隊暴力装置」が出てくるのはしかたないかなと思うのだけど、私としては、ヴェーバーの「暴力の独占」からすれば、「暴力装置は国家」という結論は避けがたかった、ということ。
 で。
 おや⇒「暴力装置」の起源はレーニン? ウェーバー? - 愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記
 これもご苦労様でした。

 柴田翔さん1935年生まれ(75歳)、仙谷由人さん1946年生まれ(64歳)、石破茂さん1957年生まれ(53歳)。仙谷さんの世代では、ウェーバーは常識だったとは断定できない。

 まあ、そう。
 実は、ヴェーバーというのは、私も受講したけど大塚久雄先生の影響が大きく、時代の流れでは、マルクスへの決別としてヴェーバー社会学が読まれていた(新左翼とは別の流れで)。私は、全共闘世代がいやでいやで大塚久雄を読んでヴェーバーを学んだくち。そしてご本人の講義も、青春。
 ヴェーバーマルクス主義の代替として読まれたのは、1970年の始めころ、つまり全共闘の実質的解体を意味していた。もうちょっというと、大塚先生はマルクス主義を内包し、かつ、キリスト教的な倫理観をただよわせ、若者の憧れでもあった。姜尚中さんなんかもそのあたりではないかな。