社会人になると学生のころもっと勉強しとけばよかったと思うものだが

 もしかすると、ある程度、学生時代に勉強した人だけが嘆くことのできることかもしれないが。
 でも、嘆きは嘆きか。
 あるいは、学生のころの勉強って、いわゆる「知」というものが、院生とか教授とか学会という枠に限定されていて、その中に突っ込んで「もっと勉強」しても、全然、違うのだけどね。
 ⇒極東ブログ: 「ゆとり世代」という考え方がわからんな
 ここで。

 陰山氏は「ゆとり教育」を受けた世代の全体的な特徴として、次の三つの傾向が見られるという。
①問題を社会のせいにしがちなこと。周囲の人間や社会に対する不平不満、批判が多い。
②「物事はうまくいって当たり前」と考えていること。少しでもうまくいかないとマイナスだと捉え、自信を失ってしまう。
③このダメダメな状況を一気に解決する夢のような方法がある、と信じていること。

 を引用したのだけど。
 ゆとり世代ってよくわからないが、今の若い世代というか、ネットの風景にこの傾向は感じられる。それが「ゆとり」とは関係ないんじゃないかとは思うが。
 で、この傾向って、まあ、ちょっと語弊がある言い方になるけど、勉強が足りないというか、中途半端ということかな、というのはある。
 勉強っていうのは、ある程度きちんとやると、知というものがカミソリのようにすぱっと切れる部分がある。
 これとか⇒極東ブログ: [書評]「食糧危機」をあおってはいけない (川島博之)
 ただ、すぱっと切れ過ぎてもいけないし、切ることだけに関心を持ってもあまり意味ない。
 微妙⇒極東ブログ: [書評]おまえが若者を語るな!(後藤和智)
 駁論というのはただのゲームになりがち。
 話を戻して、「もっと勉強しとけば」というのは、一応知のニーズとしては入門書みたいなものなんだろうし、はてぶとか見ている、え?こんなレベルの入門知識が1000ぶくまみたいなのもある。
 ただ、わかりやすいというのは捨象した結果であることが多く、難しい。
 番組は終わったが⇒極東ブログ: [書評]出社が楽しい経済学(吉本佳生, NHK「出社が楽しい経済学」制作班)
 番組としてどうよ感はあったけど、終わってからこのテキストを読み直すと、これは普通によくできているなと思った。著者が比較優位と実質金利は理解しとけというのは、それなりに表現されている。というか、このくらいの基礎知識がないと世間を眺めることもできない。
 むしろブログで困ってしまうのは、そうした基礎知識じゃないところで高度な知識がずこんと露出して、そして知でスパっと切ってしまうケースも多いことかな。
 基礎知識なり教養の積み上げの結果、知がスパっと切れない場合があれば、そのほうが、スパっと切れるよりよいと思うのだけどね。まあ、その分、バカだとか罵倒を受けることの健全さというのも教養の内ということになるのかな。