れいの総括的

 香織丹⇒北京五輪 100年の夢の跡に何がのこったか?:イザ!

さらにいえば、五輪招致時に約束された人権、報道の自由も、表面的につくろうばかりで、その本質は改善するどころか悪化した、という実感がある。デモ専用公園を3カ所もうけ、民主化の進歩ぶりを標榜するかとおもえば、実は77件あったデモ申請をすべて却下するだけでなく、デモ申請者を逆に「社会秩序を乱す」として拘束した。一部のデモ申請者は期間中、北京から離れるよう命令された。ネットのアクセス禁止は確かに一部解除され、香港紙や台湾紙がネットで閲覧できた。たが、グーグルの用語検閲は、以前にもまして厳しくなり、使い続けるとIPアドレスの取得を拒否されることもしばしばだった。携帯電話の強制遮断は、信じられない多さだった。中国国内メディアは、五輪マイナス報道を禁ずるとの通達を受け、新華社に準じた報道を強いられた。外国記者の取材を歓迎するという建前とは裏腹に、取材妨害は激しくなり、五輪期間中30人以上の記者が一時拘束を含む取材妨害を受けた。「フリーチベット」の旗を掲げるなどした10人の外国人が拘束されたうえ、国外退去処分になった。

 日本も事実上報道規制というか、NHK発狂状態(7時のニュースを潰したのは発狂と言っていいでしょ)だった。
 まあ、なにかとひどかったが、911のような大事は起きなかった。