25歳の女というか

 ヒッキーがたしか25歳。
 25歳の女性というのは私が自分の幻想域の恋愛の対象のほぼ上限で、恥ずかしい話だが、それより上の独身女性というのは苦手というか、自分より遙か年上に思える。性的な精神性でもとてもかなわないと思いがする。
 この心性はちょっと不思議で、出会ったときの年齢という含みと、その後の幻想的な補正もある。たとえば、同い年くらいの女性、おばさんだろう当然、と話をしていると、自分の幻想的な恋愛的年齢、25歳上限ぐらいにチューンしてきて、年上感が消える。(ただ恋愛対象には見えない、他の男の女だなこいつと思うくらい。)
 そういうチューンがなければ、30過ぎくらいの娘さんなども年上に見える。より厳密にいうとさすがに自分も老の域にはいったので、40歳くらいまでの女性は若くは見えるけど。
 たぶん、性的な恐怖感、つまり、私のその感覚の根にあるのは、25歳を越えた女性の、性的な成熟感への恐怖なのだろう。10人近い男たちとの性的な経験性のある女性と向き合って、そのワンノブゼムとして自分が存在しえないような怖さがある。
 現実をしかし冷ややかにみると、そうした女性は実際には少ない。たいていの女性は美人でもなく普通なので、性的な経験は、恋愛市場のしょっぱさの含みがある。そのあたりは、男女ともに30代以降、奇妙な恋愛の不達成感として残るだろうと思う。
 この話は後段があるにはあるのだが、いずれ書く機会があるかどうかわからない。ほのめかしたいわけではないが、まだうまく書けない。