極論すると読書なんで5年に1冊も読めば多過ぎ

 とかいうとなんだけど。
 冊数としてこなせる本っていうのは本の体裁をしているけど、要は情報を処理しているだけ。
 「カラマーゾフの兄弟」とか「読みました」とかいう類のものではないし。
 ある意味、私が20代くらいまでは、教養人になるべきというか、大学生ならこのくらいは読めという水準があった。
 思い出すのは⇒世界文学をどう読むか?ヘルマン・ヘッセ(高橋健二・訳)? 復刊リクエスト投票
 今では見かけない。若いとき、そのリストを全部読んだれとか思ったものだった。
 あれから、なんだか30年近く生きているわけだけど、結局、あああの本読んだなと自分と一体化できるものは5年に1冊くらいなものか。もうちょっとあるか。
 「薔薇の名前」とか名作には違いないけど、これってメタ読書の感じはある。ある程度読書をした人が、なんかサロンでおしゃべりするような。
 

cover
薔薇の名前〈上〉: ウンベルト エーコ,河島 英昭,ウンベルト エーコ
 なんというか、よい本に出会えるのは若い人の特権かもしれないなとは思う。歳をとって理解できる本というのもあるのだけど。
 ちなみに、私は極東ブログのプロフに愛読書のリストを入れてある。このリストについては黙っていようと思ったけど、ちょっこし言及。
 これ⇒愛読書 : 極東ブログ
 と引いたのは、もっとありそうに思うし、今だったらこのリストを組み替えてもいいかなとも思ったが、なんとなくこれはこれで終わっている感じもある。
 ついでにこれも黙っていたけど。
 これ⇒The Big Read 偉大なる200の文学作品 - 1-10
 しかし、むしろこれから自分がどう本を読んでいくかだなみたいには思う。
 単純にいうと、50歳を過ぎた生き様みたいのを模索していく上で本当に助けになる本を少し読みたい。