世の中は嘘でできている?

 ⇒たけくまメモ : 最近の雑感

それで、俺がバブル前夜だった10代末からず〜っと思っていたことは、「世の中は、基本的にウソでできている、覚めない夢なのではないか」という漠然とした感じでした。これは、思春期の子供がよく抱く妄想なんだそうですが、俺は40をとうに越えてもまだ拭えないでいます。

 私はちょっと違うかな。
 世の中、嘘が多いなとは思う。覚めない夢というより、ちょっと正直なことをいうと転生の感覚のようなものはある(感覚としてだけね)。
 私が思うのは、なんというか、私は一種の独我論者もであるので、世界というのは私だけに与えられているとまず起点として考える。世界は私からしか見えない。しかし、どういうわけか、私の人生は世界の運動の端役というかゴミだった。なんかとてつもなく不出来な間違った小説を読んでいるような感触はある。ただ、じゃあ、私が普通の物語のように世界の主人公であるべきかというと、そこはそう単純には思わない。このあたりが実に微妙。
 私が好きな人は私を好きではない、ま、よくあることというか、普通にあることだが、「私が好きな人」は私の世界のなかに他者としている。それは、なんというか、私の世界の中だけで他者としての意味付与されている。
 そのあたりの受容の感覚に、どこかしら狂気の扉がそこここに開いているような気がするというか、恋とかはどこかしら狂気だ。だが、その狂気なくして世界が私に意味を持つことはない。
 この問題は、実にやっかいな問題だなという以外ないが、しかたない。
 こう書いてもうまく言えてないし、誤解されるかもだけど、ま、いいや。ついでにいうと、世界はどこかしらその構造故になんかテレパシーみたいなことはあるんじゃないかと思う。ま、べたにテレパシーがあるとか言わない。茂木っちみたいに偶有性とかで留めておくべきかもだけど。