マザー・テレサのこと

 私はマザーとコルカタで会えたらと思ったが、かなわなかった。まあ、それほどの情熱もなかった。
 私はマザー・テレサのことがわからないし、それほど関心もないのだが、あるテレビのドキュメンタリーで彼女が若い新参のシスターを教育している場面を見たことがある。それは、率直にいって、恐ろしいものがあった。
 彼女は、シスターたちを前に、あなたの夫はイエス・キリストですというのだ。もちろん、比喩だろうし、そう言葉でいえばそれだけのことなのだが、その状況のなかで、彼女が伝えていたのは奇妙な怒りとエクスタシーだった。そして、シスターたちもそれをなにか受容しているようだった。私は、なにか、これは悪魔的な光景なのではないかと、鳥肌が立った。
 話は変わる。
 The flavor of lifeのなかに、「忘れかけていた人の香りを 突然、思い出す頃 降り積もる雪の白さをもっと素直に喜びたいよ」というのがある。このフレーズには祖母の思いがあるのだろうと思うという話は以前書いた。私はこの「降り積もる雪の白さをもっと素直に喜びたいよ」はある種のエクスタシーなのではないかと思う。彼女もまた、なにかとてつもない奇妙なエクスタシーのようなものをふっと取り出してしまう。
 こうした奇妙な問題がなんなのかよくわからない。たぶん、オカルトみたいな領域に押し込むことで近代世界が成り立っているのだろう
 ドゥルーズはそのあたりを奇妙に語ろうとしていたように思うのだが、日本のいわゆるおフランス的知識人からそのあたりを読み解いた話を聞いたことがない。