ブログ・サバト

 昨日、ああ、木曜日かと思ったので、金曜日、ドキっ感は少ない。今週は、やや早かったような気がする。野暮用とまではいえないが、世の中のオツトメめみたいのと自分の心のバランスが普通に難しかった。変な言い方だが。
 したがないというかこちらの書き方もいけないのだが、エントリの中心課題に対して、貢献的なコメントをいただきたいものだという思いがする。ネガコメ旅団とかはくらだないが、文字校正や誤訳指摘もありがたいにはありがたいが、そのあたりは主張的にではなくドライに進めて、当の課題への言及はないものだろうか、とちと思った。
 ブログ、とくにトラックバックの機能がブログのコミュニケーション機能として活かされていないとかいう議論が以前はあったが、最近ではそれすらも見かけない。トラバなどコミュには使えないでしょというのは前提にあるかもしれないが、それでもブログ間の特定問題意識に対する連携のツールとしてブログが弱ってきているというか別の次元になりつつある。
 別段、アルファーブロガーとかいい出すつもりはないが、ブログが日本社会のシーンになぜ存在しているのだろう、なぜ発言するのだろう、という弱い存在意義への反省点みたいなものが、微妙にいわゆるアルファーブロガー的な連携にはあるように思える。これに対して、いわゆる左翼的な運動ツール化や、2ちゃんねる的な寂しさへのごまかし的な連携、あるいはぶくまのように、100を越えると衆愚っぽいか(サンマーク出版はないだろ的)、がある。現状、20ぶくまくらいの、へぇ、的な問題意識の連携か、よいかも。
 くどいが別にアルファーブロガーでなくてもいいのだけど、そして技術的な問題というより、なにか、問題関心の共有化の仕組みのようなものはできないものだろうかと思った。
 もうちょっというと、コミュ型のツール、それは多分にいわゆるネット弱者?みたいのをすくいあげるけど、結局ミクシ地獄みたいなものと孤独の循環から出られない。人の孤独というのは身体的に近い部分なので癒しみたいなのはできない、できるわけがない。というか、その部分はさっさとtwitterGPS携帯をくっつけた出会い系にしてしまえゴミ箱と思う。
 (業務連絡的、最近、スパムが多いのでちょっとゴミ掃除にネットを見ることがあります。)