日経 春秋(11/26)

若い人から「バブルって、いい時代だったそうですね」と真顔で聞かれたことがある。不況しか知らない世代に、あの時代の空気を説明するのは意外に難しい。喧噪(けんそう)に紛れ見えなくなったもの。消えた街。人生を狂わせた人々。崩壊後の混乱。「バブル」という言葉につきまとう苦さも、きちんと伝えていきたい。

 そうみたいなのだな。へぇとか思うけど、最近、今の30代の子でも知らないみたいだ。
 さかもと未明とか酒井順子とかあのあたりの、来年から四十です、あたりの娘がだいたいバブルでブレーンダメージを受けたあたりかとか冗談ですてば。ホリエモンとかだとどうなんだろう。バブルというのはそれなりに各人生に傷を残しているので、あのあたりからもう傷はないのか。
 バブルの一番重要なことは実は庶民にはあまり影響がなかったということ。もちろん、まったく影響がないわけではないあたりがいかにも庶民的だったり、不動産関係で馬鹿なカネをもらって破滅したりとかはある。
 バブルの問題はプラザ合意との関係にある。ふと思ったのだが、リフレ派の船頭は案外私の世代のお勉強家さんだが、ネットのわいわいはバブル後世代なのかなと思うことがある。プラザ合意あたりの歴史の空気というののある感触というか体感というかそのあたりはないんだろうな、というか。でも、で?それがあるとなにか?とか言われそうだしな。
 まあ、プラザ合意の問題あたりを戦後史の問題としてしみじみ考えるか。
 定説はなさげだが、定説っぽい線はでているみたいだ。
 ⇒プラザ合意 - Wikipedia