終風日報編集後記

 オスロのテロ事件だがその後死者数は92人となった。向き合った一人の人間にそれほどの人間が殺せるものだろうか。もちろん死者数を疑っているのではない。爆弾でもなければ殺される側も必死に逃げるだろう。その光景のリアリティへの非現実感である。▼オウム真理教事件が起きたとき、思想家吉本隆明はその無差別性に着目した。無差別の大量殺人というのは思想的な事件なのだと。そしてその背景に潜む善悪の根源的な問題を思索したが、人の理解は得られているふうはなかった。▼オスロのテロでは無差別の殺人ではない。極右と報じられてもいるが政治的な文脈も読めないわけではない。ただ、そこで意味を了解し、銃の規制や社会の問題に帰着させることがこの問題を考えることではないだろう。