へぇ、世界史ね

 ⇒はてなブックマーク - 僕は今まで世界史を全く勉強せずに生きてきました.大学受験時代は,ただの丸暗記教科と見ないしていて興味がわからなかったのです. しかし,今は,現代というものがどう.. - 人力検索
 元⇒僕は今まで世界史を全く勉強せずに生きてきました.大学受験時代は,ただの丸暗記教科と見ないしていて興味がわからなかったのです. しかし,今は,現代というものがどう.. - 人力検索はてな
 各種書籍の勧めがあり、それぞれいいんじゃないかとも思うし、一般的に言って、世界史に関連する書籍は良書ほど読みづらい。
 私が思うのは、世界史を知る必要が出てくるのは、40歳半ばではないかと思う。自分という人間が僥倖ありて半世紀も生存し、そのなかに歴史が溜まってくるなかに、きちんと日本史や世界史というものが目覚め始める。
 質問者は「しかし,今は,現代というものがどういうコンテキストの中に埋め込まれているかを知るための知識であると認識するに至りました」とあるが、さらに、己という人間がなんで、こういう世界史のなかで生まれでたのか、つまり、自分を作り上げた歴史的な要因はなにか、そういう部分に触れてくる。
 私は1957年に生まれた。敗戦後に生まれた赤ん坊たちが団塊世代となり、米国流、つまりGHQ流の自由主義の上に、敗戦ナショナリズムの情念としての左翼を混合して(あるいは左翼に誘導され)、反抗する若者たちを作り出し、その反抗が老化して、現在の奇っ怪な政権を生み出した。
 私はそのアホーな青年と「若さ」というのを、しらっと見ていた。私は、戦後に取り残された世代として、この世界に日本に意識した。ので、その村立の仕組み、もっと露骨にいえば、団塊世代を作り出した世界史・日本史のからくりを解体しなくてはならなかった。
 そういう点では⇒[書評]ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争(ディヴィッド・ハルバースタム): 極東ブログ
 これはよかった。
 また⇒下山事件的なものの懸念: 極東ブログ
 私から下の世代は、インフレ日本も、ヴェトナム戦争も直体験はなく、彼らのいう「世代」とは内政における差異による自己定義のゲームになってしまった。しかし、彼らの中にも冷戦はある。そのことが今の40代の内面のなかで、じっくり世界史として発酵してくれば、それを知ろうと自然に思うだろう。
 ブログを初めて6年にもなる。この間、ブッシュ政権の、ある種、ネオコンは、理想主義でもあった。民主化、自由、人権を求めて、とんでもないことを広げ、そしてその反動の大きな波に世界が今覆われている。理想主義の敗退を、それが正義であるかのようなイデオロギーに立てば歴史を見る目は失われる。