そういえば満点パパ 減点パパでした

 もう昔ということになるが、お笑いオンステージ三波伸介が満点パパというのをやっていた。
 ウィキペディアを見ると、1972年4月8日から1982年4月4日まで放送とある。10年やっていたのかと思う。というか、私の思春期から青春期をカバーしていた。
 先日、ドライブしていて、ふと、あのパパたちは今の私どころの年齢ではないぞ、若いぞと思った。子どもたちは10歳ほどではないか。当時は25歳くらいには結婚しているから、パパたちは30代半ばではないか。
 そういえば三波は早世だったな、いくつかと調べて、52歳であると気がついた。「びっくりしたなあ、もう!」 泣けるな。死因は解離性大動脈瘤破裂だったともある。無茶な芸がたたったことはたしかだ。早野凡平も50歳で癌なくなったが、やはり芸がたたったという印象がある。
 今思うと、命を削るような芸だったし、あのなかに大衆というものがあった。大衆がその意識を芸人に顕すとき、芸人は命を削るものだ。伊東四朗はどこかで微妙なバランスをとったかなとは思う。
 そういえば、お笑いオンステージ戸塚睦夫の早世を背負っていたように思うな。
 お笑いオンステージの全盛期はいつだろうか。仮に、78年あたりとすると、三波は48歳。お子さんはいらしただろうか。いたとしてそのときにはかなりの年なので、ゲストのパパたちには先輩的な視線はあっただろう。
 一番印象深いのはケーシー高峰で、子どもが出たら号泣して、番組にならなかった。あのとき、ケーシーは何歳だろうか。40代半ばか。お子さんは晩婚か再婚の子か。
 私はあまり昭和の時代が好きではない。懐古するのも好きではない(そうは見えないかもしれないが)。しかし、壮烈な時代だったなと思う。芸能史から見ると、昭和の文学史など糞かもしれないな。