朝日社説 asahi.com(朝日新聞社):社説 2009年6月19日(金)臓器移植法案―参院の良識で審議尽くせ

 なによりこの改正案は、本人の書面による意思の表明を前提とする現行法の枠組みを一変させるものだ。
 同時に提出されていた三つの改正案は、いずれもこの現行法の根幹を守っている。採決には至らなかったが、その事実は重く残る。
 ほかの案の意図するところは、臓器の提供は本人の意思に基づくのが本来のあり方で、子どもの場合でも可能な限り、そうあるべきだということだ。現状では無理のない考え方だろう。

 97年に施行された現行法の枠組みを作ったのも実は参議院だ。この時、衆議院では、脳死を一律に人の死とする法案が可決された。しかし、まだ社会的な合意がないとして、参議院が、臓器移植のときに限って脳死を人の死とするという修正を加えた。
 今回の改正案は、衆議院の審議の中で骨格が揺らいだ。もともとは脳死を一律に人の死としていた。ところが採決を目前にした委員会で、提案者は臓器移植の場合に限って死とすると、異なる見解を述べた。
 「脳死」は医学の進歩で生まれた、いわば新しい死だ。法律で死と定めることの影響は、医療現場をはじめ広い範囲に及ぶ。日本弁護士連合会や学会などから、拙速な法改正は慎むべきだという意見が出ていた。
 法案の文言こそ変わっていないが、こうした強い反発に加え、提案者自身の戸惑いゆえに軌道修正を図ろうとしたのだろう。参議院ではまず、この点を明確にしなければなるまい。

 法的に問題がありそうだなとは思った。社会通念の問題もあるし、それに先だって社会の合意(この場合こそ友愛)の問題がある。
 具体的には個人の問題になる部分があり、そこは、端的に言えば、個人が決して黙してよい部分だろう。