日経春秋 春秋(12/5)

 これほど表情管理の技に長(た)けた政治家も珍しいのではないか。ロシアのプーチン大統領が大口を開けて笑っている写真や映像はついぞ見た記憶がない。下院選の圧勝を伝える取材カメラマンは苦労したに違いない。世界の新聞やネット報道を調べてみたが、かろうじて「微笑」と認定できる顔はほんの数枚だった。▼素顔は違う。モスクワ郊外の大統領別荘で話を聞く機会があった。あの見慣れた鉄仮面がカメラが去った途端に緩み、別人となったのに驚いた。笑い声を上げ、冗談を飛ばし、ウインクまでしてみせる。とめどなく話し続けた揚げ句、ふと腕時計を見て「おや、夜が明けてしまいますね」と言ってお開きとなった。

 それはたぶん執筆子がプーチンというロシア人をよく理解してないからではないか。私はプーチンという人はロシアの魂を持っている一人の現代的インテリだと思う。ロシアの魂というのが結局はナショナルなものに結びつき、あの国土をクローズさせるのだからろくでもないとは言えるが、彼が見てきたロシアの実態というのは、戦争と平和でピエールが見てきたもの、あるいはイワン・デニーソヴィチが監獄で会った愚物の善人たちと変わらない。プーチンはああいう風景のなかに居る人なのだ。