先日新左翼系の人たちが老人になったなみたいな話をして

 そろそろみなさん棺桶に片足状態になってきた。
 そのあと、全共闘世代というかそのあたりの左翼さんたちがまだまだ頑張るというか、企業から離れて老後にがんばるのかもしれない。
 私の世代(今50歳くらい)になるとある水準の知識人は基本的に左翼だ。私の世代から10歳下になるとそういう昭和の名残の左翼は減ってきて、いわば奇妙なバックラッシュになる。バックラッシュというのは左翼というよりある種の憎悪のような異質な何かだ。
 昭和の左翼とは、実は、非モテであった。
 というか、モテのためにあった。階級や産業から解放されてちょっと気取ってダンパ(死語)みたいな。そしてそれが全共闘世代にコピーされてフリーセックスみたいになった。多数はモテたいから左翼になったし、左翼になることは生きることの齟齬みたいのを覆ってくれた。
 私の世代くらいは知識人であることを意味したがモテではなくなりつつあった。貧乏はモテないという時代になったからだ。(もちろん、成功した左翼さんはモテる。でも、成功率が普通の左翼さんには低すぎたし、その左翼内の階級差が広がりすぎた。)
 実態を知らないが、自殺した村岡利勝農水相は見合いではないだろうか。庶民がいわゆる恋愛結婚ができるようになったのは、実際にはポスト団塊世代からだ。それ以前は各種のスペクトラムの見合いがあった。
 現代の人の性関係は乱れているようにも見えるが、戦前戦後ともに乱れというのであれば似たようなものだが、それを支配するシステムが違っていただけだ。