ありふれた人生でいいんじゃないの

 増田⇒2060年頃、ありふれた人生を終える恐怖

もうすぐ30歳。現在サラリーマン、そこそこの稼ぎ。
だがいま、辞表を書いている。
子供の頃から自分は何のために生まれてきたんだろうとかずっと考えてた変な奴だったが、
30歳を目前にして、再度同じ問いが脳裏から離れなくなった。

 まあ、普通の人はありふれた人生ですよ。
 っていうか、失敗する人生を恐れているとしてら、時間が解決してくれる。つまり、人生は失敗だった。Q.E.D.
 まあ、どう生きても人生だよ。
 ちょっと踏み出していうと、好きなことやんなよ。30だったらまだ親が元気な可能性が高いんだから、四、五年、好き勝ってに生きたらいい。というか、そうやってみて始めてわかる自分っていうのものがあるし、そういう自分が見えてきたら別のものも見えるよ。
 っていうか、もうちょっと言うと、30ちょいさきまで固まって生きていると、たぶん一生固まるに慣れてしまう。うまく言えないが、慣れるっていう感じだね。

この妥協案のどちらかを実行することになりそう。惰性に流され、日常に沈む恐怖よりは幾分マシだ。
誰か助けてくれ。 とりあえず外出て酒買ってくる。

 日常には沈むもんだよ。誰も助けてくれない。
 酒はやめたほうがいいよ。増田から出てこよいよ、と言っても無駄だろうけど。
 世界の果てまで旅でもしてみるといいよ。
 ⇒finalventの日記 - 34歳の踏ん切り