ま、軽い気持ちでレスっていうか

 ⇒真のアルファブロガーになるには何をすればいいのか? - GIGAZINE

以上の諸々から考えて以下のような結論に達しました。
1.たくさん更新する
2.その中で自分独自の意見と真実を上手に書いて表現していく
3.他者からどんなに非難されようが批判を受けようが人格攻撃されようが無視して書き続ける
4.来たるべき注目される時、すなわち「運」が向いてくるまで上記3つを行い続ける

「1.たくさん更新する」

 → 多いと質が落ちる。多く書きたいときは、サブブログを持つほうがいいと思う。あるいはテーマが散漫なときもサブブログが吉。メインブログは、ある程度専門性を持たせるがバラエティがあるとしても、週刊誌編集的な、週刊誌的なアイデンティ・センスが重要。

「2.その中で自分独自の意見と真実を上手に書いて表現していく」

 →それが難しい。あまり奇矯な意見や奇矯な表現方法をしていても、短期的には注目を浴びるし、一部に熱狂的な支持者は出るが、全体としてのスケールは落ちる。なんかイヤミのようだけど、結局更新が落ちるブログは自滅したのだとと思う。

「3.他者からどんなに非難されようが批判を受けようが人格攻撃されようが無視して書き続ける」

 →ここは微妙に難しい。Gigazineさんのようなサジェスチョンもあるかと思うが、これもべたに言うけど、プロの潰し屋や潰し集団がブログの世界には存在する、ある一定水準になるとこいつらが立ち上がる。結局は、こいつらとどう向き合うかということになる。この場合の一番大きな戦略は、彼らの本質を利害集団だと喝破することだ(もっともそう書かなくなよ)。そこで、一番の防衛力はその敵の本質の対極性になる。北斗神拳・無想転生ではないが、ブログを書くことのむなしさを背負うことで習得できるブログ奥義、ではないが、利害性の無さになると、私は思う(アフィリとかは利害性にもならんと捨象してよろしだが、これもでかくなると利害性になるだろうが、っていうか最終的にはそこが攻撃されるというかそこの攻撃がでたら相手はもう死んでいるのだけど)。
 ただ、自分に利害性がなくても利害のフレームワークに押し込まれていることはある。それにしても、それでも彼らが利害で動いている怪物であって、個人の意志というものが欠落しているのだと知ることは強みになるというかそこから防衛戦を考えていくしかない。孟子曰く、自ら省みて直くんば、千万人といえども我行かん、なのだが、しかし、千万人といえども我行くのは狂人だろうし、そのくらいイナゴがいるとそれはそれなりにブログは潰れる。
 あと、潰し屋以外には、嫉妬系とかイナゴとかあるが、嫉妬系は利害がなければ小さい。マルコ青年商標登録でいう所の「雑魚」。社会的な悪というのはビジネスなのでカネが回らないと連携しない。なので、嫉妬系はべたにほっといてもいいというか可愛いじゃないかとかあまり刺激しないほうがいいかも、yukiさんのように80パーセントパワーで潰すのも慈悲がたらんというか略。あとイナゴはどうしようもない。季節性のものだから最大風力のときは逃げるだけか。長島昭久さん、ふがいないよ。

「4.来たるべき注目される時、すなわち「運」が向いてくるまで上記3つを行い続ける」

 →これはそうと言うしかない面もあるけど、結局のところ、あるアイデンティでブログが大きくなる経済学的なオプティマムは存在するので、アイデンティ側の変数もある。なので、微調整して最大値を得るようにするしかない。それがメジャーにならないならそれはそういうもの。メジャーになるにはたぶん、微調整のテクというよりアイデンティの問題があると思う。あと、ベタにいうと、カネが絡むブログはかなり下駄が履ける。株情報とか経理情報とかね。
 微妙なところでいうと、支持が増えると実は好意的な誤解も増えてくる。そのなかで、「お前に失望した!」みたいなが出てくるフェーズがいくつかあるけど、すんません、私はこういうもんなんでみたいにそこは平身低頭、スルーしていただくしかない。相手に合わせず、自分のアイデンティティを検証して、ま、アイデンティティが優先かなと思えたら、先を進もう、というか、そうして読まれる方と先に進むしかない。ブログは宗教じゃないんだしっていうか、宗教集団っていうのも同じか、違うか、ま、わかんないけど。け・ど、それでも、アイデンティは問われるかな。なぜこの人はブログ書いているんだろう、なぜこの人のブログを読むのだろうという大きな運動のなかにブログが進むしかないわけで、幸いにして日本だとまだ資本主義的なチカラが及ばない。
 たぶん、そういうフェーズで今後さらに潰し屋と広告屋がネガティブに結託する地点はあるかもだけど、たぶん、その努力は大局で負ける。マルクス・エンゲリスムでいう歴史の必然の運動のなかにしか自由はないんだし。