そいうえば赤尾

 好夫じゃない、敏を思い出した。
 ⇒赤尾敏 - Wikipedia

赤尾 敏(あかお さとし 1899年1月15日 - 1990年2月6日)は、日本の元国会議員。右翼活動家。大日本愛国党総裁。東京都銀座数寄屋橋の辻説法による過激でユーモアをたたえたアジテーションで有名。通称“びん”。

 死んで久しいな。
 いつも銀座に居たなぁ。
 「過激でユーモアをたたえたアジテーション」といえばそうだが、ある種の格調というかはあった。
 いい顔もしていた。

没後「敵」であった公安警察の一部から「過激ではあったが至誠の人」という評価を得る反面、味方の「右翼」の一部からはあまり好意を持たれていない。この理由は「金にケチだった」、「自分一人が目立ちたがった」など彼を知る人間の発言も様々である。だが、煎じ詰めれば右翼運動と言えるものが個人のナショナリズムに根を下ろしているといえなくもない。

 まあ、そうでもあるしそうでもない。
 時代の感覚というかがないとああいう人間はわからない。
 春日一幸にもそんなところがあったな。
 ⇒春日一幸 - Wikipedia
 爺さんたち、いい声していたし、その立ち様は見事なものだった。
 谷口雅春は見たことがないが声は聞いたことがある。
 ⇒谷口雅春 - Wikipedia
 さすがなものだった。
 なかなかああいう声を出せる男が少なくなった。