買売春の問題は問いつめると難しい
社会的な問題、制度的な問題は、それなりの理路があるので、そう難しいわけではない。
単的に、「おめー、どうよ?」と問われたとき、どう答えるかということになる。
難しいのは、答えることはできるとして、どの場で語るかということになる。
で、「おめー、どうよ?」。
私は、この問題から逃げてきた。
それを卑怯と言われるかわからないが、その舌で言うなら、逃げられるなら逃げなさい。逃げられないなら……? 私はその人間に断罪なく深い関心を持つ。
というのも、逃げのトーンではあるが。
こうした「性」の問題は、ある意味で強い人間だけが問える、あるいは、弱い人間はその問題のなかで摩滅する。実際は、「性」の問題がのしかかっても耐えられる人間はそうはいない。問えるだけの強者にはそれを問う意味もあるのかもしれない。☛
逃げついでいうなら、人生の悲惨は多様で、難しい買売春をスルーさせちゃうくらいものがある。そういう場合はただスルーして人生が終わる。