でも、ごく僅かに
⇒鏡に映らない女たち、リサ・ノワクと三橋歌織 (セックスなんてくそくらえ)
noon75さんはブログを止めたのかと思っていたので、へぇと思った。
女でありながらこの欠損を理解することは困難であるということを、けして頭も悪くはなかっただろうと思われるこの二人の女たちは、示唆しているように思える。女はよく鏡を見る。だがそこには何も映ってはいない。
私はそれは欠損でもないし、鏡に何も映ってないとも思わない。
同じ話題は⇒極東ブログ: ゴシップ的な米国発の女性ニュース二つ
というわけで、私の扱いは限りなく薄い。
薄いけど、まあ、言いたいことは言ってあるので、おしまい。
露骨に書いてもいいのかもしれないけど、なんかしない。増田にも書かない。
でも、ごく僅かに。
樹下の家族: 干刈 あがた |
美智子さん、その朝<今が大事なとき。今日は行かなければならない>と言って出かけて言ったという美智子さん。私はどこに行けばいいのでしょうか。
いいえ、私はわかっているのです。女は、私は、全身女になって、<おねがい、あなた、私を見て。私が欲しいのは、あなたなの>と叫べばいいのです。美智子さん、私の前にもう一度、そう叫ぶ知恵と勇気のブルー・フラッグをはためかせてください。
私は心情的には団塊世代にあると言えるので、なんど読んでも、ここで泣く。
⇒樺美智子 - Wikipedia
樺 美智子(かんば みちこ、1937年11月8日 - 1960年6月15日)は、1960年の安保当時、東京大学文学部学生であり、安保闘争で死亡した最初の大学生。
干刈あがた(ひかりあがた, 1943年1月25日-1992年9月6日)は、日本の小説家。東京都出身。全共闘世代の女性の青春と、結婚、離婚、子育てなど、社会や家族との関わりについて、鋭い同時代性を持って描き、読者の大きな共感を得た。また、両親の出身地である奄美諸島の郷土史研究家でもあった。約10年ほどの作家生活の後、49歳で夭逝。