朝日社説 ウィニー有罪 開発者が萎縮する

 くだらねというほどもないか。

 ウィニーは、元助手が摘発されたことで改良できなくなってしまった。ウィニーを狙ったウイルスによってパソコンから個人情報の流出が相次いでいる。ウィニーに手を加えれば簡単にウイルス対策ができるが、今回の判決でそれもできなくなった。

 このあたりの馬鹿さ加減はリフレ派いう日銀批判みたいなものか略。

 技術者が開発をためらわない環境をいかに整えていくか。その問題が今回の有罪判決で改めて浮かび上がった。

 これはそういう問題じゃないんですよね。
 参考⇒高木浩光@自宅の日記 - Winnyの問題で作者を罪に問おうとしたことが社会に残した禍根
 ざっとブログを見渡したが、なんとか金子さんを守ろうとしているというかソフト開発の視点が多いように思えた。
 しかし、それはそれほどたいした論点ではないというか、ネットイナゴの正義感に近い。

 ただし、そうした技術は使い方次第で著作権を侵害する危険がつきまとうのも事実だ。ソフト開発の芽をつまずに、著作権を守ることを考えねばならない。それには、認証をとった人だけが使える管理機能を設け、利用者に課金するようなシステムをつくる必要があるだろう。

 問題はむしろこちらにあり、しかもこの朝日のこの考え方が根本的に間違っていたのだというのを示した事件だった。
 というか、裁判の結果は社会の合意の水準なんだし、裁判の争点もそれほど大きな問題ではない。もともと民間利害に国家がでかいつらして出てくんなよ。
 私はこの事件の論点についてはブログですで語った以上はない。
 ⇒極東ブログ: 47氏が見たラジカルな世界
 しかも、当の金子さんがもはやそれを語ることはないのだ。