大人はこうした問題に軽々しく言及しないものだが
当たり前だろ、命は大切だからだよ。
大切じゃないと思う奴は、今すぐオレの前で絶命してそれを証明してみろ。
最後の一文は間違っているよ。
言うならこう言うべきなのだ。
「大切じゃないと思う奴は、まずその子を産め。オレが立派な人間に育てて証明してみせてやる」とね。
冗談じゃなくて、マザー・テレサはそういうふうに言ったのだ。
この手の問題というのは、自分との関わりのなかでしか発言できない。
まあ、自分はマザーの1/100000000000にも及ばないのだから、こう言うのも恥ずかしいことだけど。
追記
⇒現代の聖母・マザーテレサ
そんな彼女は強く妊娠中絶に反対している人でもありました。……カトリックは原則中絶禁止ですしね。
私は中絶賛成派ですが、彼女ぐらいになると「まいりました」と言ってしまいます。
これは彼女がエライ人だからではなく、彼女が「有言実行」の人であったからです。
「育てられないから子どもを殺すというのでしたら、生んだあと私のところにつれてきてください。私が育てます。いくらでも誰でもいつでも無制限に子どもを受け入れます。だから殺さないでください」
……ここまで言われたら、脱帽です。も、尻尾まくしかありません。
私は「産んでも育てられない」現状をかえりみず、ただ中絶反対をさけぶ人は嫌いです。ここらへんは「世界でただ一つだけの花おまけ」で書いたので述べませんが、中絶反対を強く叫ぶ人々はどうみてもそれをわかっていないような気がしてならなりません。言うだけなら簡単ですが、じゃ、中絶しなかった場合、子どもがひとり立ちするまでの二十年、アナタが育ててくれるんですか? と言いたくなります。
……彼女は本当に、それをしました。
マザーは子どもを育てられない親がいることをわきまえたうえで、「中絶しないでください、そのかわりに私が育てますから」といって、実行したのです。