青春にケリをつけて……

 その朝、昨晩の残りのカレーを食ってしまったような後悔のけだるい体をもてあましながら、いつものように私は新宿線で曙橋の事務所に向かっている。フジテレビ側の口から地上に出ると6月の朝の空気は奇妙に青臭い匂いに湿っており、それからしばらく続くはずの雨期の物憂げな気配があった。
 事務所のビルがぼんやりと見える。左手の薬指のあたりが痛い。慣れない半田鏝の作業で手を痛めたのか。そういえばそんなふうに少年時代何台もラジオを作ったものだと、思い出して苦笑する。すれ違いざまにアラブ人のよう男の体臭が鼻をつく。山羊ばっか食ってんじゃねえよ。とふと昔襲ってきそうだった初老の男のことを思い出す。ウイスキーに水を足してはいけないと男はうっとりした目をむけてきたとき、やべと思った。店のよく出来た調度品はサラセン帝国といった趣がやばさぎんぎんじゃねーか。男が手を握ってなにかを言ったとき、私はそのまま夜の町に逃げ出した。私はまだ十分若かった、あの頃。
 オフィスのドアを開けると饐えたようなコーヒーのような匂いがした。Jおばさんが会計の残務を徹夜でしていたのだ。どう? 家に帰ったら? 帰りたくないよと彼女は言い、最近別れた若い旦那の話を続けた。どうでもいいよそんなのと思いつつ、とにかく彼女を帰宅させ、昨日やり残したアップルトークの配線をしながら、私はあと何年生きているのだろうと考えた。どうせ意味なくに死ぬのだという思いがなかなか消えてくれない。青春の終わりと呼ぶほかない何かにピリオドを打ったあとにこんな長い食い尽くせぬかまぼこのような徒労感が続くのかと得心したとき……(続かない)