朝日社説 靖国参拝 負の遺産が残った

 あーむかつく。
 あのなだな、反対者は国民の半数はいる。しかし、賛成者は半数いる。その半数の思いをどう朝日はくみ取るかが新聞に問われているわけだよ。無宗教のメモリアルという話ならつまんねーけど話は通る。

 首相は国を代表する存在だ。その行動が政治的な意味を持つ時、いくら私的と釈明したところで通用しないだろう。

 じゃ、どうやって参拝せい、と。
 首相になったら参拝するな、と。
 左翼、なんかとんでもないバックラッシュしてんじゃねーの。
 今回の小泉の参拝のお賽銭がよかったじゃないか。あれは普通のどっかの小企業の社長さんといった風情だよ。いいじゃないか、美しいじゃないか。惜しむらくは小泉のヘアスタイルくらいなもの。
 ついでにむかつくこと。
 日本国民は皇室を敬うべき。もちろん、そんな規範はないから、厨房は勝手にほざくもよろし、思想の自由はあるし、その表現も自由だしな。
 問題は、具体的な皇室ではなく、皇室に敬意を持つという矜持だよ。こういう敬意の、その一人ひとりの国民の生活の矜持によって社会に徳の秩序をもたらす、その象徴として皇室がある。皇室の血統とか女系とかそんなのどうでもいいよ、戦争にはテッテ的に負けたわけだし。勝ち組もまた醜いが。
 中国人にも韓国人にも立派な人はいるよ。それに互してあっぱれ日本人たる規範の根源はなにか。武士道、普遍倫理…ほざけよ。
 皇室に敬意を持つとしても、天皇陛下万歳など言う必要もない。そもそも「天皇」というのは位牌の「居士」みたいなものだ。また日本史を子細にみれば天皇は治世に反すれば廃される。が、およそ国を愛する、敬するという象徴として日本人は天子を尊してきた、それがなければ、中国人になるかその亜流になるばかりだ。ダライラマを敬さないチベット人がありえるだろうか。
 日本にはチベットのような危機はない。日本人が心の拠り所を強く求める必要性もない。淡い敬意だけでいい。むしろ、淡くてよい。
 英霊への思いも淡くてよい。若ければなおさらそれでよい。しかし、日本人として、この歴史を生きてみて、彼らの霊が日本を今なお守っていると、私は信じる。もちろん、日本兵個々そろぞれが愛国に死んだわけでもない。実際はかなり醜悪なものだ。しかし、その死の意義(悲劇)を継ぐしか日本人たりえないだろう。