28日、金曜日

 蒸し暑い。
 筋トレの残りはあるが、それほどでもないで、うずうず。
 このところ、熱いお茶が好きになっている。暑いのに熱いお茶。年かなあ。でも、逆に体の熱が抜ける感じがする。
 昨晩はマンデラ死去報道をちょっと追ってみた。誤報が多いのだが、核の部分で、彼の死時が制御されている印象があった。

時事メモ

 昨日は「社説メモ」としたが、社説に限定することもないかということで、「時事メモ」ということで。基本海外情報というか、基本、WP/FT社説のフォロー。

Obama should appoint agency watchdogs now - The Washington Post

 国際開発庁などの長官が空席なので埋めよ。

Seeking compromise, not chaos, in Egypt - The Washington Post

 現在のエジプト動乱問題。

U.S. relations with the Egyptian military, which has walled itself off from the government, remain strong, which offers another opportunity. Last Sunday the armed forces commander declared that the military has “the obligation to intervene to stop Egypt from plunging into a dark tunnel of civil fighting and killing or sectarianism or the collapse of state institutions.” Washington should make clear that while the military may have a role in preventing bloodshed and pushing for compromise, a forcible interruption of constitutional order is unacceptable.

 エジプト軍の介入に懸念をもっている。

FT:Activism at the US Supreme Court

Momentous rulings on voting rights and gay marriage
 同性愛婚の話題。

A change of guard at the Old Lady

Sir Mervyn King’s legacy holds lessons for Mark Carney
マーク・カーニーBOE総裁(前カナダ中央銀行総裁)の課題。

「カント先生の散歩」(池内紀)、読んだ。

 大きめな活字でしかも池内先生の読みやすい文章でカントの生涯が書かれている。池内さん自身が大学の先生をしていたのでその部分の共感があふれている。カントの哲学の内実には踏み込んでいないので、カントの愛好家にはピンとこない著作だろうが、普通の読み物として面白い。カントが、たまに厳粛な哲学者だと思われていることがあるが、そうではない日常が活き活きと描かれている。
 生まれは現在のカリーニングラードで地図を見ると、現在のロシアだよなあとしみじみ思う。
 特に面白いのが、というか、この本でリアルに思い描けたのだが、カントの老衰の状況。ああ、カント先生もこうして惚けて、老衰して死んだのかあというのがじーんとくる。

cover
カント先生の散歩
 カントの享年が79(満年齢)で、池内紀先生が現在73歳。老いて思うことはあるのだろう。
 ちなみに同書は、創価学会系の潮出版。だからどういうとことはないが。
 また本書は、これのバイプロダクト。
cover
永遠平和のために
 これ抄訳なんですよね。

1.IV. The Escape from Darkness

 暗闇やそれ自体では存在しない。光の欠落の状態にすぎないという話。そして、この欠落=暗闇が人間の肉体そのものだという論理。

The law itself, if properly understood, offers only protection. It is those who have not yet changed their minds who brought the "hell-fire" concept into it. I assure you that I will witness for anyone who lets me, and to whatever extent he permits it.

 律法は人を守るためものなのに、罰として「地獄の業火」を書き込んだのは、回心していない人なのだ、ということで、Acimは聖書の処罰性を訂正する。加えて、それが信じられないなら、イエスご自身がそれをその人に証する。