3.I. Atonement without Sacrifice

 Acim神学による贖罪と犠牲の解釈、といったところだろう。Acimの考えになれていればロジックに難しい点はない。が、これはキリスト教的には異端と見てよいようには思う。

The statement "Vengeance is Mine, sayeth the Lord" is a misperception by which one assigns his own "evil" past to God.

 このあたりはキリスト教的には異端だが、おそらくブーバーもAcimのように神を捕らえていたと思う。その意味では、ユダヤ教的な響きはある。というか、ユダヤ教の神学では、神は本質的に捕らえられ、歴史的な事象の神は相対化される。