曇り

 五月になった。あっという間に五月という感じがするのは、3月11日が昨日のようにも思えることもあるかもしれないし、それを思わず迎えた年初の印象がうまく消化できない感じかもしれない。反面、ずいぶん時は流れたという思いもないわけでもない。
 停電が事実上回避されてからはプールが平時に近く使えるので泳げるのはいいなと思う。暖かくなるとプールの人が増えてめんどくさいなとも思う。
 本もまた読みだした。いつでもなにか読んでないと気がすまないお病気みたいな自分だが、震災以降、実際のところ注文が届かないこともあり、あまり読みもせず、買いもしなかった。が、ここに来て、どさどさと届く。
 なんのために読むんだろう、そんなの長い人生でもないのにと思うこともあるし、これから老年になると読むぐらいしかないか、でも目も見えなくなるだろうなとも思う。老眼はなぜかない。先日、四〇代の人と話したら老眼があるという。そうだよね見づらいよねと話していくとどうも勝手が違う。
 語学もついにものにならず。これは昔から諦めていたのだけど、この先まだ英語とか勉強しても意味ないなと思いつつ、反面、それはそれとして学ぶには学ぶ。
 読書も語学もだが、趣味の部類でしかないが、年をとるにつれて、以前わからなかったことがわかるようになる。それが実人生に反映される時はついぞなかったが、それでも、感慨深いものはある。
 50歳過ぎてからは、若くして死んだ人の文章への感覚が変わった。うまく言えないが、愛するようになる。こういう感情がうまく年齢とつなげていけたら、それこそ人類を呪いつつ育った自分が最後にはしかりといって消滅しそうだ。