日経 春秋(3/13) : NIKKEI NET(日経ネット)

 その昔、マグロは上等な魚ではなかったというのはよく聞く話だ。昭和初期になってもそんな気分が残っていたのだろう。当時の「すし通」なるグルメ本いわく「宮内省華族の屋敷に出前する鮨(すし)には、鮪(まぐろ)は使わないのが普通である」。

 まあ、そう言われている。三島由紀夫はしかしトロを連続して食って趣味を疑われたエッセイも読んだことはある。私も若い頃というか社会人になってから、大トロをなんども食べる機会があったが、さしてうまいものでもないなと思っていた。
 が、そうでもなかった。なじみの魚屋さんが、数年前の年末だが、正月の刺身はどうですか、というので、そうだなあったほうがいいなと思って話を聞くと、仕入れが違うというのだ。ほぉと思って、多少高額ではあったが料亭なんぞに比べればやすいので頼んでみた。驚いた。大トロがしゃきっとしているのである。それでいて大トロなのである。こんなものがあったのかと思った。以来、正月だけはあれを食うことにしている。
 なにか特殊な技術でもあるのか流通の問題なのか、昔はこういうのは流通できなくて、だからあの変な大トロを下品と思ったのではないか、とか思った。