曇り

 天気図を見ると夕方からは荒れそうだ。昨晩散歩の足を伸ばすと、桜がもう咲いていた。早咲きでもあるまいにと思ったが、NHK7でも開花宣言をしていた。今年は早いなとは思う。学生時代の思い出では桜は四月冒頭にペグされているので、違和感がないわけでもないが、そういえば四月に雪が降ったこともあったとも思い出す。散歩しながらこの町で若いころ少女とデートしたことがあっただろうかと記憶を覗いてももう何も出て来ない。夢は。私は40歳くらいだろうか。小さな賃貸のアパートのような1LDKに暮らしているのだが、夜半電話がかかってくる。少し年のいった知的な女の声で、車お願いしたいわと言う。誰だろう。なぜと私は思うのだが、そういえば、個人タクシーをしていて名刺を配っていたことを思い出し、それかとピンとくる。もう個人タクシーはしてないのだが、車を出そうと思えば出せる、出すかとあたふたと考えているが、女の声に何か仔細を感じてさらに戸惑う。私はこの女を知っているはずだと思っている。しばし私が電話に沈黙していることに気がつき、もうこの電話切れているか、女は私を不信に思っているかと、であればと少し聞き込んでいると、お車、お願いできるかしら、と女は静かにたたみかけるのだが、どこかしらそれ以外の選択はないという思いが伝わってくる。私はどちらまでと問う。自分が今どこに暮らしているかわからないのだが、横浜だろうか、女は、日比谷までらしい、長距離だし、しかもなぜこの深夜にと思う。黙っていると、女はじっと黙って私の応答を待っている。そして、お車出せないのかしら、このお名刺はとたたみかける。そして、女は、あなたはいつもそうよねという話になり、まるで別れた女からの繰り言のような展開にもなるのだが、彼女は怒りもなく淡々としている。私は彼女が誰か思い出せない。その先の展開は忘れた。明け方、そういえば、あのころの眼鏡はどこにあるのだろうと思った。作ったものの使ったことのない眼鏡だ。転居の途中で失っただろうか。五万円くらいしたのではなかったか。