ちょっとわざとらにほのめかして書くけど
思想と政治というのは似ているようで違う、というか違うようで似ているというか。まあ、微妙。で、政治にどう関わるかというのは、いやもっと軍政というか、小林秀雄が昔戦時下で言っていたけど、文学者として思想家として、みたいな時局の関わりというのはないんだよ、っつうこと。
正確にいえば、政治に向き合う文学、政治に向き合う思想、というのはあり得るかもしれないけど、それはまさに手作業と言語の格闘の産物としてあるもので、へろっと垂れ流して言うもんじゃないし、あたふたとした状況での対応ではない。
で、どうかというと。
文学者も思想家も、みんな国民に戻って政治に向き合うんだよ。市民としてね。この国の政治の責任者の微細な一端として。
そこはもう現実の世界だから、きれい事なんかないんだし、灰頭土面ということ。
福田さんは泥被らなかったなあ、とも思うけど、それはそれなりの(解散権がらみで)、誠意のある灰頭土面だったかもしれないとも思う。むしろ、客観的見れば、そんな「誠意」なんか伝わらないのだから、泥にまみれて悶死してみせてほしかったと思う、という言い方はひどいなと思うけど、一国の政治を担うならそこまで泥にまみれ、数世紀罵声を浴びる覚悟がなければ。
DNAとかいうのがアレだけどやや共感⇒「首相退陣」に思う 論説委員長 皿木喜久 あの強い政治家どこへ - MSN産経ニュース