朝日社説 いじめ調査 いかに痛みを教えるか
もう10以上も昔になるがこの手の調査を調べたことがあり、いじめなどないという数字があった。が、その後いろいろ変遷があり、文部省の調査ってぜんぜんあてにならないと思い直しまた資料を見て呆然としたことがある。以来、政府関与の数字だからといってそれほど実態を反映してないのではと疑うようになった。
どうしたら、いじめの残酷さを実感させることができるのか。一つのヒントになるかもしれない取り組みが、カナダの小学校でおこなわれていた。
その試みを記録したドキュメンタリーが、教育番組の国際コンクール「日本賞」でグランプリを受賞した。
ある日、3年生の教室で、教師がこう告げる。「身長が134センチ以下の方が優れていることがわかりました」
身長で2組に分けられ、背が高いグループは様々な差別を受ける。先生に抗議するが、取り合ってくれない……。それを1日体験することで、差別の理不尽さと残酷さが心に刻み込まれる。
この授業自体には賛否があるだろう。子どもたちの心がいったんは傷つく。ただ、若い命が失われるという悲劇がやまない現実の中で、一つの問題提起と受け止めることはできるのかもしれない。
それは社説に書くことではないように思う。日本で実施はできないのだから、それはその作品の評価に留まる。
他人の痛みを知る。そのための教育に知恵を絞っていきたい。
それはある意味で簡単なことで、教師たちが真剣に生きることだ。たぶん、そう言われれば教師たちは反論するか悲鳴を上げるだろう。教師なんてやってられないと言うだろう。でも、本質において「人間力」が問われているのは間違いない。つまり、最低の生活でもふんばれる人だけの領域なのだろう。生きるということは簡単な課題ではない。
⇒極東ブログ: 吉本隆明の自立の思想の今