そんな感じ
内田樹先生の文章はどれを読んでもピンとこないというか理解できなかったのだけど、これは、ワロタというか、わかったな。
⇒老いの手柄 (の研究室)
40年経っても、「がわ」が爺になっただけで、16歳の私はそのまま手つかずで残っているのである。そういうたいせつなことをどういうわけか大人たちは決して子どもに教えてくれない。だから、私の文章を読んでいる若い方々にここに声を大にしてご教示するのである。このあと何十年経っても、あなたの「中身」はほとんど今のまま残っている。
そういう中年老年の自分の肉体に「いまの自分」の頭を移植した状態を想像してみればよろしい。それが紛れもなく諸君の何十年後かの実体なのである。
ま、そんな感じ。
でも、ちょっと違ったところとか、大きく違ったところもあるのだけど、っていうか、それは内田樹先生もわかっていらっしゃるのだろうと思うのだけど、だからといって、矛盾しているからどうという問題でもない。
って、ちょっと言うと。
人間なんてガワなのである。
っていうか、恋愛なんてガワなのだ。
ガワを失った爺にガワの恋愛はできなくなる。
でも、そのガワのなかに16歳っていうか、14歳っていうか、閉じこめられていて、そして、ああ、このガワがオレなのだと思うっていうこと。
恋愛はココロでするとかふっきっちゃう人もいるけどね。やれるもんならやってみるといいと思う。
もひとつある。書かない。
twitterにも流さない。