R30 だから潔い引退なんて、あり得ないわけですよ。

孫子



著者:海音寺 潮五郎

販売:講談社

価格:\960

媒体:文庫



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孫武伍子胥に言う。

「お話はよくわかりましたが、もはや、拙者のような老骨の出るべき時ではありません。貴殿のな明智の方に、こと新しく申し上げるは面はゆいことですが、人と世の触れ合いには微妙なものがあります。ある時期には大いに有用であり、大いに役に立った人物でも、その時期が過ぎて次の時期に移れば、もう用をなさないのです。四季の衣服のようなものと、拙者は見ています。春には春衣、夏には葛衣、秋には秋衣、冬には裘、その季節にはそれなければ用をなしません。いかに高価で美しくあればとて、夏に裘はこまります。四季は年々めぐって来ますが、人の世は循環しません。拙者の用はすんだのです。今は拙者は自分も世間も忘れたいし、世間からも忘れられたいのです。人間は生あるかぎり生きて行かなければなりませんが、出来るだけ世間との接触面を小さくし、自らの生をつなぐだけの接触にかぎりたいと思っているのです。」