リフレ派の論理が本当の意味で否定されるためには、どのような現象が現実の中で観察されることが必要なのだろうか。

 仮に、構造問題派がそれを日本の潜在成長率と考えている1%台の低い成長を維持するためだけでも2〜3%以上のインフレが顕在化するということになれば、それは、停滞の原因はサプライサイドではなく総需要の不足にあるというリフレ派への明確な反証になる。さらに、木村剛氏をはじめとするハルマゲドン派の論者たちが予見するように、そのインフレが金利高騰、国債暴落、通貨下落を伴うような破滅的過程となるのであれば、リフレ派の見方は根本的に誤っていたということになる。筆者はそのときには、潔く自らの重大な誤りと木村氏の慧眼を認めるつもりである。

 後半のハルマゲドンは政治要因からありえないタメの話なのでどうでもいい。問題は前半をもっと明確にできないものだろうか。すでにこれでも明確ということなのだろうか。
 つまり、反証条件:日本の潜在成長率と考えている1%台の低い成長を維持するためだけでも2〜3%以上のインフレが顕在化する、と。
 このあたり端的によくわからないのだが、これはポパー流の土俵に登っているのだろうか、疑問だ。ポパーの反証性は自然科学の議論だがというのは、ここではさておく。問題はポパーより、リフレ論者の、多分に神学的に見える言説の可視化というだけのことだ。
 全体としては、「デフレ期待」や「インフレ期待」というとき、「期待」の意味がブラックボックス。これはリフレ派の議論ということではないが。
 私自身としては、日本はこれから確実に縮退していくというパラメーターをどう考えるか、かなと思う。そのあたり、森嶋道夫などは考慮していた。
 が、縮退しない? つまり、高齢者が増えることで需要になりうる?
 しかし、そのあたりは、経済学ではなく、社会科学的な行動モデルが必要になると思う。