今日の増田

 ⇒欧米でで暮らすと気づくこと

自分は黄色人種

 ま、そうかな。
 米国のリベラルな人やヨーロッパの知識人とかはまあ、そのあたりのこなしは上手。
 あ、そうでもないのは。
 途上国の官僚。
 ま、この手の話はいろいろあるんですけど。
 ついでに⇒

アメリカの日系人って何にも文化を生み出さないね
日本の将来の姿だから目を逸らさず見ておこう

 それは違うのだけど、なかなかうまく言えない。しいていうと、日本人への敬意を生み出したと言いたい、いわゆるマナー以上に。

冗談なんかブログで通じませんよ

 香織丹⇒食の安全学再び:日本政府調査団の説明きいてみる??:イザ!

ただ、警察も政治的理由に左右されてしまう国なので、ひょっとしたら、真犯人はすでにヤミに葬られているかもしれません。この最後の2行は、冗談ですからね。え、冗談に聞こえない?冗談ですよ。最近は、いちいち冗談だといわないと、真に受けてクレームつけてくる人もいるので、記者ブロガーはつらいよ。

 あー、通じているブロガーもいます(ここに)。

今日の大手紙社説

 気分のせいかまるで関心なし。相撲の話や餃子の話も特に関心を引かない。と書いてみて、相撲の話だが、いじめの体質というかこういう陰湿性から暴力に至るのは戦中の軍隊もだし、日本社会のあちこちにある。日本人特有かというとそうでもない、human natureというものではないかな。

晴れ

 春節のころの冬らしい日。少し霞んでいるものの富士山が美しい。雪の陰影がもたらすあの偉容は珍しい山なのではないかなとあらためて思う。
 夢は、私が高校の受験をしているというもの。会場までなぜか自転車で行く。自分が何歳かわからない。他の生徒のリアクションだと今の年齢ではないのだろう。学校は木造で古く、いろいろ古い時代のものが置いてあり、懐かしい感じがしている。
 目覚めてからぼんやりしていると、ある階段のビジョンが浮かぶ。明るい博物館の簡易な階段。それがどこなのかよくわからない。大学とも違う。ホテルだろうか。

ブログ・サバト

 ああ、金曜日。
 平安あれ。
 
 余談だが、世の中、わかりやすさというのが求められているように思う。ま、今に限ったことではないけど。そしてそれがいい悪いということでもない。
 ただ、ある種の問題は本質的に難しい。
 そして、そうした問題は、ある種の簡単さにリダクトしてはいけない部分がある。
 およそ、出版なんてものは、人口の5%で維持されると思っている(古典はさらに細く維持される)。統計的にということではないが。昔村上春樹は読者は10万人くらいと想定していた。ノルウェーの森で膨れた。そのことが彼にかなりダメージを与えた。そこを乗り切るかどうかが作家の本質に関わる事態になり、というか、日本を飛び出した。云々。
 ブログもちょっと似たことが言える。
 どう言えるかは少し難しい。これは、本質的な難しさというのではなく、表現しづらい。
 本質的な困難さというか悪魔とでもいうか、そういうものに魅了されている存在というか、ま、比喩を弄するのもなんだが、そういう部分の本性的な力と文章というのは、文章自体がその力との本源的な親和性があり、さらに話を難しくする。
 ま、よくわからんが。
 ブログの難しさの荒野が見えるとき、その先があるということだ。

鹿が食を求め、欲する処に赴くよう、
聡明な人は、自立自由を目指している。
修行者たるもの、犀の角の如く独り歩め。