日経 春秋

 作家の吉行淳之介は誤植にピリピリとしなかったそうだ。文字を扱うという意味では同業なので引用するには少し気が引けるが、こう書いている。「まったく誤植のない書物は、なにかあたたか味がないような気がしないものでもない」
▼誤植は追放すべし、という正論に対する劣勢を自覚してだろう。作文教室などでは「使うな」と叱(しか)られる二重否定どころか、「ない」が4度も出てきて、歯切れの悪いことこの上ない。

 誤植は避けるべきだが、これはこれでプロの仕事でもある。また、この吉行の文章は別段悪文でもないというか、悪文を杓子定規に考えるものでもない。