なんというか

 昨今の疑似科学批判ってなんか浅薄だなと思う。水が語るわけないし、進化の過程に神が介在するわけじゃん。世の中そういう人はいるし、そういう人だってまっとうに生きているかもだから、そんなのほっとけというか、悪徳ビジネスとかいうなら、消費者問題として区別すればいいんで、スジが違うように思う。
 量子力学における存在の不可分性みたいのは、もうかっこうの疑似科学の餌になるし、意外と欧米で多いんだけど、これもどう語るかによるわけで、いわゆる日本の物理屋さんは、何か不思議でも? という反応が多い。いわく、だって量子力学的にそうでしょ?ということ。ま、それはそうだが、ベル不等式とかが現実に検証されると、検証された実体は量子力学を越えているあたりは、日本の物理屋さんには通じがたい。
 補足すると、アスペの検証というのは、我々の人類の科学による自然の対応、つまり実験的方法が知り得た事実であって、ペル不等式から実験はされたし、量子力学的にあったりまえのことではあるけど、量子力学というのは説明モデルであって、実体ではないのな。というわけで、宇宙というか物理的実在というのは、多世界モデルでもいいし、デビッド・ボームみたいな変な理論でもいちおう説明が付く。というか、説明の世界のなかに実体をモデル化し写像化すればそうなるというだけ。なんの不思議もないのは方法論的にあたりまえ。五次元宇宙論もモデルとしてはそうだろということで、重力については不思議もない。ただ、それが我々の宇宙の実体とどう関係しているかは、実験してみないとわからない。
 ま、ってな文脈も、finalvent疑似科学だろ宗教だととか言われそうだけど、もういいよ。
 脳についてもそうだけど、最近考えなおして、依然ペンフィールドの直感というか提言を越えていないうちに、なんでも脳内とかいうことになったなと思う。それって脳内なんとかとか。思念が脳に局在しているかは、科学的には不明。ただ、ある科学集団の叙述の規範になっているだけ。ペンフィールドは正直だったよ。
 いわゆる進化論というのはダーウィニズムだけど、これはその科学集団の一つの叙述の規範であって、事実というわけではない。とかいうと、ダーウィニズムを批判しているか、おまえID論だろ、統一教会だろとか、もうバカすぎ。