中二病とかいうけど、ま、それはよくわかんないけど、あの時期に愛情が枯渇していると人生はヒッジョーにキビシー

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 のユキとかね。
 女の子と限らないけどね。
 50歳にもなってみると、今の感情の根っこが、あの少年少女時期っていうか、あの頃の、つらさや悔しさというかいろんなことに関係しているみたいで、まあ、傍目には適当に生きていてもけっこう内心シビアだった後遺症がイコール人生みたいなものかなと思う。
 結論からいうと、そーゆーのこそ運命ってやつで、どうしようもないのだけどね。
 些細な、ごく些細なことで言うならという大限定なんだけど。
 あの時期の子どもに対して、普通の大人が向き合えるとよいと思う。なんつうか、教育関係者とか、偉っらそーなこと言っている大人とかじゃなくて。マジでべたな大人というか。まあ、そういう文学は他にもあるのだろうけど。
 なんつうか。
 人生、過去のなんちゃらを克服してとかよく言われるが、どうも、克服なんてものはできないんじゃないか。克服されるべきものなんて、自分が負うには重すぎです圧死です、みたいなものではないか。なのにそこから逃げられないというか逃げること自体が自分の放棄のような意識構造になっているので、つ・ら・い。
 でも、ま、克服とか前向きに生きるより、自分の意識にしかけられた不運のトラップを外して、大泣きして、少し少し楽になって、なにげに生きていくのがよいのではないかつうことで、日々老いていくワタシ。