あれ? この説明でよいの?
これ⇒流動性の罠 - Wikipedia
ほぉ⇒流動性の罠
字引もあったのか⇒流動性の罠 【りゅうどうせいのわな】 - goo 辞書
利子率がある水準まで下がると,人々はこれ以上は下がらないだろうと予想して現金を持とうとするため,いくら貨幣供給を増やしても利子率はそれよりも下がらなくなること。
おやっ日銀に⇒流動性の罠と金融政策── 本稿は、2001年9月29日・福島大学で開催された日本金融学会における植田和男審議委員による特別講演の内容を基に加筆修正したものである
「流動性の罠」という概念についてはいろいろな解釈が存在し、若干の混乱もみられるが、ここでは単純に「名目金利に低下余地が無い状況」と定義することとしよう。こうした定義に沿えば、近年のわが国では、短期金融市場はほぼ流動性の罠に陥っていたということができよう。他方、長期金利に一段の低下余地が存在するか否かは難しい問題である。
ほぉほぉ。
第二に、しばしば「量的緩和」の権化のようにいわれるKrugmanも、流動性の罠の下では単純なベースマネーの拡大という量的緩和に意味が無いということを認めた上で、別の政策を提案しているのである。すなわち、現在だけでなく将来もインフレ率が高くなるまで金融緩和を続けるという約束が、期待インフレ率を現在高めるという意味で金融緩和効果を持つと主張しているのである。さらに、こうした約束はインフレ率が上昇しても金利を上げないというコミットメントでも代替できると指摘している。5 振り返ってみれば、1999年4月以降の日本銀行のゼロ金利政策、すなわち「デフレ懸念払拭までゼロ金利を継続する」は、こうした主張とほぼ同様の枠組みであったし、弱い意味でのインフレーション・ターゲティングであったとも言える。つまり、Krugman流の「量的緩和」をまさに実行していたのである。こうした点が、なかなか専門のエコノミストにも理解されなかったのは残念であるとともに不思議な現象であった。ただ、日本銀行の「約束」はややあいまいなものであったし、Krugmanはインフレ率が「年率4〜5%になるまで」と主張していたのに対し、日本銀行はそこまでのコミットメントはしていなかったという重要な相違は残っていた。
2001時点で言ってたわけね↓
むしろ、あまり指摘されていないことだが、短期金利ゼロ近傍では、財務省が短期国債を市場で発行して、外貨を買うという通常の不胎化介入を通じて、ほぼ金融緩和政策を実行できるのである。なぜなら、発行された短期国債はほぼベースマネーに等しいからである。