しかし…

 ⇒http://www8.plala.or.jp/GOH/sub13.html

「大衆の原像」が,言語や映像と無関係な場所では,想定できなくなったために,逆に「知識人の原像」が,もはや「大衆の原像」と自分とを区別するすべての根拠を失い,そのせいで,大衆嫌悪と大衆蔑視・知的エリート意識の過剰となって,現われる。

 ま、それも80年代的な課題ではあったな。
 吉本自身、大衆の原像というのもは消失したというようなことも言ってはいた。
 ただ、課題としては、知に比重が置かれてきた。し、親鸞論に終結した。
 非知の課題は、その意味では、アフリカ的なるものへ動いていったが、それもある生命論でもあろう。
 ま、吉本の時代は終わったとも言えるし、ま、終わった。